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サクラの原産地についてまとめ 中国メディアが引用する『櫻大鑑』を読んでみた(2/5) 日本、ヒマラヤ、中国、それとも韓国?

http://www.flickr.com/photos/121276193@N07/16109943432

photo by Caubarrere Piché

(前の記事)

サクラの原産地についてまとめ 中国メディアが引用する『櫻大鑑』を読んでみた(1/5) 日本、ヒマラヤ、中国、それとも韓国? - pelicanmemo

 

何年か前から、春になると「サクラの原産地はどこだ」というネット記事が出てくるようになりました。

サクラの原産地について、中国メディアが記事でよく引用している『櫻大鑑』(桜大鑑)を紹介しつつ、書いています。

櫻大鑑』は、「桜の品種(著:佐藤藤右衛門)」「桜の美術(著:岡田譲)」「桜の歴史(著:本田正次)」の主要3章と関連情報、サクラ日本地図、そして巻末の英訳(数ページ)で構成されています。

 

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日本人に古くから親しまれている桜ですが、桜といえばソメイヨシノという風潮が、明治以降から出来てきました。今では日本の桜の8割がソメイヨシノだそうです。いわば、ソメイヨシノは明治以来の大ヒット商品と言えるでしょう。

実際には、桜は山桜、里桜、彼岸桜など多種多様であり、自生種や変種、自然交雑種、様々な栽培品種があります。日本国内には名木や名勝が多く、樹齢数百年〜千数百年という天然記念物もいます。
本書では、奈良時代、平安時代から親しまれてきた桜と日本文化について知ることで、ただ春のお花見イベントで騒ぐための桜ではない、名木や名勝を守り続け、文化を繋げていくことが期待されています。

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『櫻大鑑』文化出版局編集部刊(1975年)

20160430110629

 

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第一章「桜の品種(著:佐藤藤右衛門)」では、様々な品種の桜を32枚の図譜で紹介しています。
今では、カメラの質も技術も向上しているので、質の良いさくらの写真集もたくさん発売されています。

また、「造幣局の通り抜け」で有名な造幣局のホームページでは、様々な品種のサクラを見比べてみることが出来ます。
桜樹一覧表:独立行政法人 造幣局

 

20160430101747染井吉野

 

桜の種類については、学者によって諸説あり、定説ではヤマザクラ、ヒガンザクラ、サトザクラ、ソメイヨシノの4種類にまとめられるそうです(『桜大鑑』より)。ただし本章では、ソメイヨシノは人為的に作られたものなので、サトザクラに包合すべきものと考えています。

 

ソメイヨシノは、もとは江戸から明治時代にかけて、当時の江戸の染井にあった植木屋が、エドヒガンとオオシマザクラをかけ合わせて作ったものです。

大きな花が一斉に咲いて見栄えがする上、関東・東北の火山灰地に適合して、発育が早く、平地でも公園や堤防で栽培しやすいため全国的に普及しました。

一方で、天狗巣病(サクラテングス病)に侵されやすく、種子を残さず接ぎ木によってしか繁殖できないため、一般的な寿命は50年〜60年と短いとされています。

調べてみたら、日本最古のソメイヨシノは、青森県の弘前公園にある樹齢130年以上。明治15年に植えられたものだそうです。環境と手入れが良いと、ヒトの寿命以上に生きるのでしょう。

弘前公園の古木名木 | 一般財団法人弘前市みどりの協会

 

西日本ではむしろ、造幣局の通り抜けの多様な八重桜(サトザクラ)の数々、吉野の山一面のヤマザクラが有名です。
吉野の桜は、平安時代に編纂された古今和歌集で既に、桜の名所として詠まれています。由来は、修験道の開祖である役行者。

吉野の歴史と文化 | 吉野町公式ホームページ

 

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日本人・日本文化は、古来から桜を題材にした芸術作品や、桜のデザインを使った工芸作品から生活用品を作ってきました。

第二章「桜の美術(著:岡田譲)」では、絵画、漆器や焼き物、螺鈿の硯箱や蒔絵の屏風など、美術品や工芸品を写真付きで紹介しています。

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行く春 川合玉堂筆 重要文化財<近代> 大正元年

 

源氏物語絵巻、扇面法華経冊子、寝覚物語絵巻、天狗草紙、 ... 四天王寺懸守、小桜韋黄返威鎧、桜花双鶴鏡、桜螺鈿鞍、花白川蒔絵硯箱、 ... 色絵桜柴垣図大皿、色絵元禄美人画大皿、 等々、が紹介されています。
(かな漢字変換で出てこない単語ばかりだから、書き写すのが大変(苦笑)。少し端折りました。)

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桜文朱漆椀 <桃山>鎌倉 明月院

(写真の一部をトリミングして解説部分と結合させています。気に入った中でトリミングして映えそうなものを、2つだけ載せました。)

 

奈良時代(710年〜794年(784年))には、唐の文化の影響による梅花の観賞が好まれましたが、桜花の観賞へと変わっていったそうです。

文学でもその傾向があらわれていて、『万葉集』(7世紀後半から8世紀後半ころ)では桜の歌は梅の歌の3分の1しかなかったのが、平安時代の『古今集』(10世紀はじめ(905年)に奏上)では逆転し、桜の歌は梅の歌の二倍以上の数を占めています。

 

中国メディアの記事の中には、サクラは「宋代(960-1279年)になってようやく日本に伝わった」と書いているものがあります。
宋代は、平安時代(794年 - 1185年/1192年頃)の後期から鎌倉時代に当たりますから、この説は間違っています。ただしこの一点だけで、中国メディアの記事の他の部分も全てが間違いだと短絡的に断定するべきでは、勿論ありません。(後で検証します)

 

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第三章「桜の歴史(著:本田正次)」

「さくら」の名前は、古事記の、霊峰富士の浅間大社の御祭神、コノハナサクヤヒメ(木花開耶姫、木花之佐久夜毘売)で、サクヤ(開耶)の字音がそのままサクラの語源になった、と書き始められています。

 フジザクラかヤマザクラか、種類はともあれ、サクラが、日本の花であることは、文学的に思想的に、また後世となって科学的に、これが国民に密接な影響を与えたことを考えると、何人も誰もこれを否定することは出来ないだろう。

 一口にいってサクラは日本の花である。

 

(続く) 

サクラの原産地についてまとめ 中国メディアが引用する『櫻大鑑』を読んでみた(3/5) 日本、ヒマラヤ、中国、それとも韓国? - pelicanmemo

桜大鑑 (1975年)

桜大鑑 (1975年)