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海外の話が多め。近頃は中国が多め(中国海警局・中国海監、深海潜水艇、感染症など)。

中国へのトマト伝来はいつ? トマたま炒め(トマトと卵炒め、西紅柿炒蛋)はどのように全国に広まったのか?

20170612191115(自作😊)

中国へのトマトの伝来と、トマトと卵炒め(西红柿炒蛋、番茄炒蛋)(以下、"トマたま炒め"とも書きます😊)について調べていたら、昨年12月に公開されていた良さげな記事と参考文献を見つけたので、ちょっとメモ。

簡単に解説。

・トマトの中国への伝来は、明朝末期(1600年代)に、主に海路で中国南部の広東や台湾へ。最初は観賞用として栽培されていた。1900年代初頭に、北部へ帝政ロシア(ソ連?)からも入ってきた。

・トマトは、1930年代には各地で栽培されていて安かったため、プロレタリアートにも好まれた食材だった。

・いまよく見かける「トマたま炒め(西红柿炒蛋)」の一般化は、"抗日戦争"がキーワード。中国南部から、1930年代・40年代の国民党の抗日戦争、共産党による中華人民共和国の建国の後に、全国へと拡散したようだ。

(また、"ちょっと"じゃなくなったので、三行で...(苦笑))

 

多分、ほかにも諸説あるのでしょう。
それでも管理人の中の人は、けっこう納得できた部分も多々ある解説でした。

 

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 ・トマト伝来

トマトが中国に入ってきたルートは3つあると考えられている。中央アジア内陸部のシルクロードを通って伝わった可能性は少ない。

1つめは明朝末期に、海路で広東へ。中国にトマト(番茄)が伝えられたもっとも早い地域とみられている。2つめは明朝末期から清朝の初期にかけて、海路で、オランダから台湾に伝えられた。そして3つめは、中華民国の初期に、北部に帝政ロシア(ソ連?)から入ってきたそうだ。
このため、外国人による中国のトマトやトマト料理の紹介では、「西红柿」よりも南部で使われた「番茄」の方が多かった。

 

現代の中国で、トマトを表す中国語の方言には「番茄」「西红柿」「洋柿(子)」などがある。

「番茄」は、主に中国南部で広く使われ、アヘン戦争後の南京条約と五口通商章程(1842年)でも使われている。一方、「西红柿」は、同時期に京畿地域(北京および周辺地域)で使われ湖南省、江西省や福建省でも使われるようになった。「洋柿(子)」は、ロシアから入ってきたトマトについて使われはじめ、中国北部で使われている。他にも、福建ではフィリピンからタガログ語のトマト「kamatis」がなまった「柑仔得」「柑仔蜜」も使われている。

日本の「トマト」は、英語の「tomato」からの外来語。 

 

中国のトマトは、明朝末期に、山西、貴州、雲南での記録がある。(注:明朝は1368年〜1644年。(年代はwikipediaを参照。以下同じ))

中国で最初にトマトが文献に出て来たのは、1613年の山西の『猗氏县志』で、「西番柿」と紹介されている。また、1621年に発行された王象晋(官吏・農学者)著の『群芳谱』には「蕃柿」という記載がある。別名「六月柿」で、当初は観賞用植物として栽培されていたそうだ。来自は西番。
西番とは、古くからの"西番(チベットなど)"ではなく、日本での"南蛮"のように外国、西方の国という意味合いだろう。

 

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日本の農学者、星川清親によるトマト伝来図(製作年不明)(via.明清史研究

海路で、中国南部へと伝わっている。陸路は記されていない。東シナ海から日本へと入ってきているので、台湾(フォルモサ)へも伝わっていたことだろう。


清朝初期には、福建や台湾、山西、山東、河北、陝西など北部にも到達した。(注:清朝は1644年〜1912年)
清朝中期〜後期には、湖南、江蘇、浙江などに広まった。
中華民国(大陸統治時代)は、あまり拡大していない。(注:中華民国は1912年〜)
中華人民共和国の建国の後に、全国に広まった。(注:中華人民共和国の建国は1949年10月1日)

トマトの栽培は、主に都市部と郊外に集中していた。それが全国に広まった背景には、経済的要因や、栽培技術の進歩、また飲食文化の伝播など社会的要素が関係している。

 

・トマたま炒め

中国では近代以来、西欧の技術や制度、思想などが紹介されていった。食文化もそのひとつで、1900年代のはじめには北京、青島、上海、広州などに、トマト料理を出すレストランが現れていたそうだ。

トマトと卵を組み合わせる料理もまた欧米で産まれたものだ。

小説家・劇作家の老舎(1899-1966没)の随筆『西红柿』(1935年7月に青島の「民報」紙に発表。)の中で、「エビ・トマト炒め(番茄炒虾仁)」が紹介されている。1920年代、中国のトマトは西洋料理に使われる食材だった。しかし随筆『西红柿』では、ここ数年、トマトが西洋レストランから中国の料理屋にもだんだんと侵入していて「文化的侵略!食い止められない(文化的侵略哟,门牙也挡不住呀)」と嘆きつつも、でも健康にいいんだよな(意訳)と書いているのが面白い。

老舎の回想によると、1935年にはトマトは供給過剰となり安価だったため、中国のプロレタリアート(無産階級・賃金労働者階級)に好まれる食材になったそうだ。 

 

1936年7月16日、長征後の毛沢東を、米国のジャーナリストのエドガー・スノー(Edgar Snow)がインタビューをした時、夕食に、中国共産党の革命の色を表現した"トマトと唐芥子を使った赤い料理"が出されている。

 

江蘇生まれの作家、汪曾祺(汪曽祺)(1920-1997年没)は1940年頃、昆明(中国南部。現在の雲南省昆明市)の料理屋で「番茄炒蛋」(トマトと卵炒め)を見かけたと、わざわざ記したようだ。
それは北方の「番茄炒蛋」(トマトと卵炒め)と比べると、トマトは新鮮で香りがよく、柔らかすぎず、卵のかたまりも大きく、赤色と黄色とが混ざらずに色がはっきりしていた。

抗战初期,汪曾祺辗转来到大后方就读于西南联大,他惊喜地在昆明的饭馆中发现了番茄炒蛋的踪迹,并将它与北方的番茄炒蛋做了对比:昆明的番茄炒至断生,仍有清香,不疲软,鸡蛋成大块,不发死。番茄与鸡蛋相杂,颜色仍分明,不像北方炒得一塌糊涂。
(赤文字強調は管理人による)

現在のトマたま炒めの原形とも言える記述ではないだろうか。原形は南部だったのか!?
もしかしたら、当時の北方の"トマトと卵を炒めた料理"は、ボルシチのようなスープ状だったのかもしれない。

 

同じ1940年代、国民党を支援していたアメリカ合衆国航空義勇軍"フライング・タイガース(Flying Tigers、飞虎队)"の Allen Larsen(艾伦・拉森)が撮影した昆明市の町の写真(彩色加工)の中の一枚、料理屋の店頭のお品書きに「蕃茄炒蛋」(トマトと卵炒め)があると指摘されている。

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(Photo by H.Allen Larsen(艾伦.拉森 摄))(via. 美国人拍的抗战时期的中国,美的油画一般!

(注)2010年に出版された『《飞虎队队员眼中的中国:1944-1945》』掲載の写真かもしれない。
美国大兵眼中的“彩色抗战” - 历史频道 - 新浪网(2015年09月23日)

 

戦時中の食料不足に、成都(現在の四川省の省都)の大学の教員と学生は必要なときのためにトマトやタマネギ、カリフラワーなどの野菜を栽培していたそうだ。特にトマトが好まれていた。

この記事は、
戦時中の成都では、トマトと卵炒め(蕃茄炒蛋、西紅柿炒蛋)は抗日世代にとって"情熱"の料理であり、銃後の女性達にとっては"自信"や"決心"を示す料理となり、貧しい教員や学生にとっては"生活の糧"となる料理だった。中国の国民食にふさわしい料理だ。
と締め括っている。
 

中国人什么时候才吃上番茄炒蛋?(中国人は、いつからトマたま炒めを食べるようになったのか?)(2016-12-11|明清史研究|追疯弄潮(历史研习社))

参考文献
《番茄:新世界的魔幻美食》,安德鲁·史密斯著、许绮芬译,中国友谊出版公司,2006年;
《老舍文集》第14卷,人民文学出版社,1989年;
《汪曾祺全集》第4卷,北京师范大学出版社,1998年;
《老饕漫笔》,赵珩,三联书店,2001年;
《风过华西坝:战时教会五大学纪》,岱峻,江苏文艺出版社,2013年;
《番茄在中国的传播及其影响研究》,刘玉霞,南京农业大学硕士学位论文,2007年。

番茄在中国的传播及其影响研究--《南京农业大学》2007年硕士论文(トマトの中国への伝播とその影響|南京農業大学・2007年修士学位論文(概要)

老舍《西红柿》 - 阅读路

汉语方言里的西红柿(漢語の方言のなかのトマト)

トマトの語源と各国での呼び名(トマト大学 - 文学部 -カゴメ株式会社) 

谁发明了西红柿炒鸡蛋-新浪健康-新浪网

老舎 - Wikipedia汪曾祺 - 维基百科星川清親 - Wikipedia 

群芳谱_百度百科《猗氏县志》 (Library) - Chinese Text Project

 

・〜・〜・〜・

多分ほかにも色々な説があるのだと思います。トマトの伝播の部分は修士学位論文が元だし、記事の内容には政治的な配慮をした部分もあると感じられましたが、それでも、自分の中では何となく納得出来ました。

トマたま炒めが、昔からある中国の一般的な家庭料理なら・・・、なぜ中国東北部(当時の満州など)に住んでいた日本人たちから、戦前・戦中から戦後へかけて内地へと伝わらず、現代の日本でも知名度が低いままなのか不思議に感じます。

 

いまの日本で「トマたま炒め」の知名度が低いのは、「トマトと卵の炒め物」という肉野菜炒めのような"おかず"としての料理が主流で、白米の御飯にのせても美味しい「トマたま丼」「トマたまライス」が流行っていないからかもと思っています。😋 

トマトも多種多様になっているので、日本に合った"トマたま炒め"向けのトマト品種ってのが出てきたら面白そう。

そしてまた(笑)、改良したり魔改造したりして、日本の食卓にちゃっかり組み込んでしまうのではないでしょうか。インド人もびっくり(笑) 

  

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