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海外の話が多め。近頃は中国が多め(中国海警局・中国海監、深海潜水艇、感染症など)。

『中国科学院 ー 世界最大の科学技術機関の全容 優れた点と課題』、読了。

中国科学院―世界最大の科学技術機関の全容 優れた点と課題

中国科学院―世界最大の科学技術機関の全容 優れた点と課題

 

日本の科学・技術が危機に瀕している。

「科学立国」「技術立国」と呼ばれ、世界の第一線に立って先頭を走った時もあったが、ここ10年20年で世界の中での存在感は急速に失われてきた。技術や製品の国際競争力が下がり、"稼ぐ力"は落ちている。
マラソンや駅伝に例えるなら、前の区間では先頭を競って走っていたが、今では先頭グループの後ろの方に落ちてきて、引き離されないように頑張ろうとしている所だ。(頑張り方が、上の方で そこかしこでズレている気もするが・・・)

日本の研究者が毎年のようにノーベル賞を受賞している。その受賞者たちからも、日本の科学の空洞化と、このままでは日本の研究者がノーベル賞を取れなくなる時が来る、という強い懸念が述べられている。

また、ことし3月(注:2017年3月)には世界的な科学雑誌、「ネイチャー」が日本の研究力についての特集記事を掲載。日本の論文数がこの10年、停滞しているとしたうで、「日本は長年にわたり科学研究における世界の第一線で活躍してきたが、これらのデータは日本がこの先直面する課題の大きさを描き出している」と指摘。「日本の科学研究が失速し、このままではエリートの座を追われかねない」と警告しました。

これについて、物理学賞を受賞した梶田さん(注:梶田隆章。ノーベル物理学賞 (2015年)受賞)は、「2000年以降、世界の国々で科学技術の重要性が強く認識され多くの国で科学技術予算を増やした」といいます。

そのうえで、日本の大学などの研究現場では、論文の数を左右する1.研究者の数、2.研究時間、3.研究者の予算の3つの要素がいずれも減っていて、特に研究時間の減少が顕著だと危機感を訴えています。
(注釈、赤字強調等は管理人による)

日本人はノーベル賞を取れなくなる?進む科学技術力のちょう落|NHK NEWS WEB

こういう時、参考として引き合いに出されるのは、米国や欧州の大学や研究所の例が多い。その一方で、急速な経済発展とともに科学・技術分野でも躍進著しい中国について日本語の情報は多くはない。かなり少ない。

中国の大学や研究所のすべてを知る事は難しいが、中国の最高レベルの科学技術学術機関・総合研究センターである中国科学院について、昨年10月に『中国科学院 ー 世界最大の科学技術機関の全容 優れた点と課題』という書籍が刊行された。著者は、国立研究開発法人 科学技術新興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)の林幸秀上席フェロー。

中国科学院の例から、中国の研究開発の様子かいま見ることが出来るだろう。

本書の内容を一部引用し、予算とマンパワーを中心に簡単に紹介しつつ、少し書いてみたい。

 

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中国の科学技術は急激に発展している。経済発展の結果、研究開発費や研究者数が急激に増大し、科学装置や施設なども世界最新鋭となっている。
その中心にあるのが本書で取り上げる中国科学院である。
本書は中国科学院の全容を解説することを目的とし、同院の三つの大きな役割、具体的には研究開発、教育・人材育成、科学者顕彰・助言について述べ、その上で同院の優れた点と課題を記述した。
(【内容紹介】より) 丸善プラネット

本書は、中国科学院の歴史や歴代の院長など非常に詳しいけれども、細々とした説明が多い。文化大革命による混乱とその後など興味深いところもあり、個人的にはとても参考になる。しかし、分かりやすい読み物として期待すると、退屈に感じられるかもしれない。

もし書店で本書を見かけたなら、第七章「優れた点と課題」と第一章「沿革」あたりを斜め読みしてみて、さらに詳しく知る為にもレジに進まれることをお奨めしたい。

 

中国科学院―世界最大の科学技術機関の全容 優れた点と課題

中国科学院―世界最大の科学技術機関の全容 優れた点と課題

 

 

本書を読むと「中国すごい」と感じられ、(なぜかセットで使われることがある)「日本はもうダメだ」とも感じられるかもしれない。
正直書いていて、この日本の世間と社会の「負のスパイラル」をどうすれば逆転させることが出来るのか考えると、悲観的な想像と不安感で押し流されそうになる。(押し流されてしまって、誰かが悪い政権が悪いと不平不満を吐いていくのは、きっと楽だと思うが。)
1980年代、"Japan as No.1" と言われた日本を見ていた米国もこうだったのだろうか? 本稿では中国の例を紹介しているが、中国の真似をする事をすすめるわけではない。そもそも、一党独裁の中国の真似を日本が出来るわけがない。

日本社会や世間や組織は、内側だけでグルグルと考えているとドツボにはまりやすく、“黒船”は変化を起こす起爆剤になりやすい。外国の例を、国・地域の好き嫌い無く知ろうとする努力は、変化の兆しをいち早く知ることに繋がる。

その変化の先頭を走る事も可能となるかもしれない。

 

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中国科学院(中科院 (Chinese Academy of Sciences, CAS))は、中国の最高レベルの科学技術学術機関・総合研究センターで、職員数で約7万人、予算額で約8600億円(いずれも2015年)の、世界最大級の研究開発ポテンシャルを有している。
(注:本ブログ記事が紹介している数字のうち、出典を特に書いていないものは本書『中国科学院』からの引用です)

中国全土に100以上の付属研究所と2.5校の大学(2.5校の意味は後述)を有し、北京や上海などに12の分院を置いて業務を行っている。(その他、組織や研究所・センター・学部などについて細かい解説を書くと長くなりすぎるので、概略はwikipediaやSciencePortalChina、百度百科などの解説、あるいは中国科学院の公式サイトを参考にしてください。)

中国科学院 - Wikipedia中国科学院 - SciencePortal China (日本語)
中国科学院 - 百度百科组织机构----中国科学院 (中国語)

 

まず、誰もが気になる「予算額」。😊

中国科学院の予算(2015年)は総計で約506億元、日本円に換算すると約8600億円(為替:1元=17円(以下も同じ))となる。
日本では、理化学研究所が約900億円、産業技術総合研究所が約906億円、東京大学が約2230億円(授業料収入・病院収入などを含む)なので(いずれも2016年ベースの予算額)、ケタ違いに大きな予算だということが分かる。

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(『中国科学院』より一部引用)(赤色や青色の文字・図は、管理人が補足した)

予算額のグラフを見ると、ずっと右肩上がりで、特に2000年代後半からの伸び率が大きい。これには中国の経済の急成長と、国内総生産(GDP) の増加が影響している。

中国では「科学技術進歩法」(1993年制定,2008年改訂)によって、科学技術投資の増加幅は国家財政の経常収支の増加幅以上とする規定がある。財政が拡大すれば科学・技術部門への投資も増加し、その研究開発の成果を使って、更に産業競争力を高めることにも繋がっている。

第五十九条 国は、科学技術の経費投入における全体水準を段階的に高め、国が科学技術の経費に投入する財政資金の増加幅は、国家財政における経常収入の増加幅を超えるものとする。全社会の科学技術研究開発経費が国内総生産に対して適切な比重を占めるようにし、段階的にこれを引き上げる。

中華人民共和国科学技術進歩法 - ジェトロ (pdf) 

3.1.3 中華人民共和国科学技術進歩法 - SciencePortal China

中华人民共和国科学技术进步法(主席令第八十二号)- 中国政府网

 

実は、総研究開発投資の対GDP比は中国が2.07%、日本が3.56%(2015年)なので、対GDP比だと日本の方が割合が大きい。しかし投資額では中国が2275億ドル・日本が1578億ドル(2015年)(約18.9兆円、2016年度は18.4兆円で2.7%減。2年連続で減少)。2017年度は、さらに差が開いているだろう。

日本政府は第五期科学技術基本計画において、官民合わせた研究開発投資を対GDP比4%以上とする事を目指している。それでもいきなり10%にするなど極端に上げることはできないので、あちこちで滞留している資金を社会の中で回して、国内総生産(GDP) を増やすことが重要で効果がありそうだ。
(OECD, Main Science and Technology Indicatorsを元にした研究開発戦略センター(CRDS)資料より。統計局資料より。)

研究開発の俯瞰報告書|報告書|研究開発戦略センター(CRDS)

統計局ホームページ/科学技術研究調査 

 

国からの交付金等だけではない。中国科学院の予算のうち民間からの資金、つまり産学連携による投資は12%で55億元(約935億円)に達している。
一方、日本で産業界との連携が一番盛んと考えられる産業技術総合研究所でも、民間からの資金はわずか0.7%で約7.5億円に過ぎない。

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(『中国科学院』より一部引用)(赤色や青色の文字・図は、管理人が補足した)

米国IBMのコンピュータ部門を買収した"レノボ (Lenovo)"は、中国科学院の研究員たちが、中科院からの出資によって立ち上げたベンチャー企業だ。レノボの経営を行う持ち株会社"レジェンド・ホールディングス"の筆頭株主は中国科学院であり、レノボの売り上げの拡大は、中国科学院に大きな収益をもたらしている。

 

日本の産学連携は、制度や仕組みが正常に機能しているとは言い難い。
大学発のベンチャー企業はどうなっているだろう?母体の大学にとってドル箱となったものはあるだろうか? むしろ反対に、東京大学発のロボットベンチャー企業 "SCHAFT(シャフト)"が米国のGoogleに買収された例を、特に思い出す人も多いのではないかと思う。

イノベーションの最前線東大発ベンチャー・シャフト元CFO激白世界一の国産ロボットはなぜグーグルに買われたのか | 文春オンライン (2014/12/17) 

 

研究開発費の目的別割合では、20年前に比べると近年は基礎研究の割合が増している。

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(『中国科学院』より一部引用)(赤色や青色の文字・図は、管理人が補足した)

1986年3月に、中国科学院から鄧小平首席(当時)に対して、ハイテク技術の研究開発と人材育成についての意見書が提出され、トップダウンで資金を提供する制度「国家高技術研究発展計画(国家高技术研究发展计划)」が制定された。「863計画」と呼ばれている。

このブログでも注目し紹介してきた、中国の7000m級有人深海潜水艇「蛟竜」号や国産の4500m級有人深海潜水艇の建造計画は、この"863計画"によるプロジェクト資金がもとになっている。
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1997年3月には朱鎔基総理により基礎研究の強化を目的とした「国家重点基礎研究発展計画(国家重点基础研究发展计划、973計画」が制定された。2016年に、国家科学技術支援計画などと合わせて「国家重点研究開発計画」に統合された。 

 

日本は、基礎研究14.5%、応用研究21.6% 開発研究63.8% (2015年研究開発戦略センター(CRDS)資料))で、2009年に比べれば基礎研究の割合が少し増えたが、

良くいえば現実的、悪く言えば近視眼的。イノベーションを!という掛け声の割にはリスクをとろうとせず、新たな道を探すよりも誰かが通った道を通りたがり、米国や欧州の尻馬に乗るような、注目されやすそうな経済的・社会的な価値に重きを置いているように感じられる。制度や仕組みは正常に機能していない。
企業でも、東京電力の福島第一原発事故や、JR西日本の福知山線脱線事故や先日の新幹線の台車の亀裂問題など、科学的技術的に「やっちゃダメだろ」「やらないとダメだろ」という部分が重視されず、重大事故が起こっている。経営陣に届きにくくなっているのだろう。産学連携もうまくいっていない。
大学や研究者の方でも、タコツボ化して国内の学会や同業者の評価が重視され、社会へと還元する価値が薄くても、むしろそれが当たり前というような無責任な部分も感じられる。

マスメディアも、あまり取り上げないし、それが生活の役にたつのか?というピント外れなコメントも多々あり、生み出せる価値に注目がいきにくい。

私たち市民も、科学への無関心や無理解、根拠のない不平不満によって、資産を安売りしてしまって損をしたり、投資機会を失ってはいないだろうか?堆肥と土を作って種をまかなければ、新たな収穫には繋がらない。

日本での、科学と社会の関係性は見直されなければならない。

 

閑話休題、

中国の大学や研究所の予算が潤沢ということは、最新鋭の高価な分析装置や実験装置の購入のハードルが低いということだ。意思決定も早く、研究開発の生産性は上がっている。さらに、マンパワーも大きい。

2015年末の中国科学院全体の職員数は 6万9013人(女性が約35%)、うち研究者は5万7602人。

日本の理化学研究所は3433人(2016年4月)、産業技術総合研究所は2928人(2016年4月)、東京大学は7832人(2015年5月)。中科院のモデルとなったロシア科学アカデミーは約4万人、米国の最大の研究機関の国立衛生研究所(NIH)は約1万8000人、フランス国立科学研究センター(CNRS)は約2万6000人。

日本の大学や研究所の10倍から20倍の職員を擁している。

・・・そして日本の研究者数は、過去10年程度ほとんど変化していない研究開発戦略センター(CRDS)資料)

 

 

中国科学院は、国民党と中国共産党との国共内戦が終結した1949年の10月に成立した。第二次世界大戦前に、中華民国による中央研究院(1927年設立)と北平研究院(1929年設立(北平は現在の北京の事))があり、それらを接収し再編して中国科学院が設立された。また蒋介石が台湾に逃れた時に同行した科学者らによって、台北に中央研究院が再建された。

その後、中華人民共和国では大躍進政策の失敗があり、文化大革命があった。

文化大革命の前の1966年に6万2000人だった中科院の職員数は、文革による暴力的な自己批判や下放が行われてきたことで、統計が復活した1973年には3万5000人まで減少している。文革がいかに破壊的なものだったかがよく分かる。ポル・ポト政権下のカンボジアよりはまだマシだが。

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(『中国科学院』より一部引用)(赤色や青色の文字・図は、管理人が補足した) 

 

文化大革命が終了した後に、急速な経済発展を経験してきたのが中国の研究者や組織幹部たちであり、これが彼らの自信とエネルギーに繋がっている。

中国の若者の代名詞と言われた80后・90后(1980年代・90年代生まれ)も30才代が増えている。経済発展の恩恵(地域や戸籍、民族による)を受けてきた彼ら彼女らは、経済も生活がずっと右肩上がりの社会で育ってきた。昨日よりも今日、今日よりも明日がよくなるという楽観的な希望を持てて、行動することへの躊躇いも少ないだろう。

 

中国の科学技術ニュースをチェックしている人はよく知っていると思う。

中国の科学・技術の研究開発の現場は非常に若い。30才代でプロジェクトの重要なパートを任される場合もある。

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(『中国科学院』より一部引用)(赤色や青色の文字・図は、管理人が補足した) 

中国科学院は研究機関であるともに、教育機関でもある。中国科学技術大学と中国科学院大学、それと上海科技大学を、2.5校を傘下に有している。(中科院の中の人によると、上海科技大学は0.5校と数えられるそうだ)

中国科学院だけでなく、中国の理系有名大学の院生は、ほとんどの院生は実質的に授業料は無料であり、所属する研究室から生活費が支給される。院生は生活の心配をしなくても良い分、必死に実験等に励むことが求められ、実績にも繋がりえるだろう。 

日本の大学と社会は、将来の稼ぎ手となる学生に余計なリスクを負わせ過ぎている。いま、種まきと土作りを行って、新しい作物や品種の研究をしなければ、来年の収穫も稼ぎも増えない。

 

マンパワーが大きく人数が多いと、良くも悪くも競争は激しいだろう(良く言うと切磋琢磨、悪く言うと弱者切捨)。成果の出せない研究者に対する必罰もはっきりしているそうだ。本書では、広東省深圳市にある、中国科学院深圳先進技術研究員の所長から聞いたという話が載っている。
毎年、所属の研究者をABCの3ランクで評価し、Aは20%、Bは70%、Cは10%と枠を設定する。Cのうち下半分の5%となった研究者は強制的に退職に追い込まれるそうだ。単純計算で5年で四分の一、10年で全研究者の半分が入れ替わる、大変厳しい評価システムだ。
(深圳という土地柄だからかもしれない。近頃、深圳の中国企業による日本国内での研究開発の求人情報で似た話を聞いた)

  

中国の研究開発のマンパワーの例として、本書では、鉄系超電導材料の開発が取り上げられている。2008年に日本の東京工業大学の細野秀雄教授により、鉄系超電導体の発見があり世界を驚かせた。新たな「知」の発見だ。これが国際学会で発表されると、中国の研究者たちもこの分野の研究に参入し、論文数と被引用回数で中国が日本を抜くこととなった。

希土類元素・レアアースの研究でも、同じように、欧米日の大学の研究室が教員・学生数人〜10数人で新たな元素の組み合わせを実験するが、中国だと学生1000人で研究が出来るという例がある。そういう中国の人海戦術に、さらに最新の分析装置・実験装置が加わっている。

 

もちろん、中国科学院をはじめとする中国の科学・技術の研究開発には、優れた点があるとともに、問題点や課題もある。

第七章「優れた点と課題」では(組織としての記述ではなく筆者個人の考え方と注釈付きで)
優れた点として、ここでも少し触れた「① 圧倒的なエネルギーと自信」「③ 豊富な研究資金」「⑤ 世界最新鋭の施設・装置」「④ 圧倒的なマンパワー」「⑦ 信賞必罰」「⑥ 選択と集中」、そして「② 明確な目標」が上げられている。

「⑤ 世界最新鋭の施設・装置」には、電波望遠鏡FASTや、大亜湾ニュートリノ観測所、超電導トカマク装置EASTなどが国家研究室・国家重点研究室の解説と合わせて紹介されている。本稿では文字数の関係で泣く泣く割愛した。

「② 明確な目標」とは、世界のトップレベルの研究機関となりその地位にふさわしい優れた成果を上げることが目標となっている。昭和の時代の日本もそうだった。中国人の研究者によるノーベル賞の受賞も目標にあるだろう。

中国人のノーベル賞受賞者というと、屠呦呦(屠ユウユウ)が2015年に日本の大村智らともにノーベル整理学・医学賞を受賞した。当時、屠呦呦は“三無学者(博士号取得者では無い、海外での研究・教育経験が無い、中国科学院の院士では無い)”と呼ばれて反感がもたれていることが伝わっていた。その後、時間がたつにつれて反感は徐々におさまって、国家最高科学技術省を受賞したそうだ。

今後の成果次第でノーベル賞の受賞が期待される研究者として、中国科学院の研究者の中から、量子異常ホール効果を発見した薛其坤や量子通信技術の研究の潘建偉が上げられている。

 

中国の大学や研究所の“課題”として「① オリジナリティの不足」「② 強過ぎるイノベーションへの期待」「③ 十分に活かされない世界レベルの施設」「④ 強い縦割り意識と希薄な連携意識」「⑤ 研究と教育の関係」が挙げられている。

論文数と被参照数の割に、研究内容にオリジナリティがあまりないとはよく聞く話だ。

今はまだ右肩上がりで余裕があるから、放置されている問題もあるだろう。欧米や日本や他の国の例に漏れず、不正や研究結果の捏造などあるだろうから、これからの中国の社会と中国共産党の舵取り次第で、矛盾が顕になってくるのではないだろうか。

 

ところで、

この「③ 十分に活かされない世界レベルの施設」の中で、中国の7000m級有人深海潜水艇「蛟竜」号が例として取り上げられている。2012年6月にマリアナ海溝で7062mの潜航に成功した後、の活動は国際的にほとんど報告されておらず、

「蛟竜」号を使ってどのような研究をするか、その研究は誰が担うのかといった詰めが十分になされていなかったのではと考えている。

と述べられているが、これには少々反論をしたい。

その後もインド洋のアフリカ沿岸での熱水鉱床の調査、技術的にも海洋・深海技術の研究開発と新技術の獲得のための水深4000m以上の潜航がマリアナ海溝やヤップ海溝の海域で行われている。それら深海技術の研究開発と国産化によって、国産4500m級有人深海潜水艇が建造され海洋試験も始まった。
中国科学院に関係するところでは、声学研究所による水中通信システムや沈陽自動化研究所による無人潜航艇と自動化技術の研究開発など、世界のトップレベルに比肩する成果をあげている。

「蛟竜」号を使った研究は、2017年に5年間の"試験性応用"段階が終わった。1年をかけて「蛟竜」号の大改修と技術的アップグレードが行われ、2019年から次の"事業化運用"段階に進む予定だ。

ただ(苦笑)・・・、中国は一番が大好きなので、一番をとった後に注目度が下がっているのは確かですね。😊

本書の「② 強過ぎるイノベーションへの期待」で述べられているように、それらの海洋科学・深海技術の成果が、イノベーションを創出し、「海洋強国」を目指す中国の経済や社会にどう反映されていくか、注目されるところだ。
 

中国、7000m級有人深海潜水艇「蛟竜」号、5年間の試験性応用段階が終了 事業化運用へ - pelicanmemo (2017-06-26)

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