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海外の話が多め。近頃は中国が多め(中国海警局・中国海監、深海潜水艇、感染症など)。

韓国海洋警察の高速艇、中国漁船の体当たりによる沈没事件(1)|その後、まとめ

20161024202638SBS

韓国北西部・仁川沖の黄海で、10月7日、違法操業の中国漁船を取り締まっていた仁川海洋警備安全本部の警備艇(警備艦「太平洋3005」搭載艇)が、漁船の体当たりを受けて沈没した。

幸い死者は出なかったが、中国漁船が体当たりをし沈没させたのは初めて。韓国政府は違法操業の漁船の暴力的な妨害に対して、警備艦に搭載しているバルカン砲など(40mm艦砲、20mmバルカン砲、M60機銃など)の発砲や体当たりなどの対応を取ることを決定した。

これに対して、中国外交部の報道官は12日の定例記者会見で、むしろ韓国の方が悪いと言うような居直ったコメントをし、人民日報系の政府機関紙の環球時報は(機関砲の発砲とは)「韓国政府は狂ったか?」「国全体の民族主義集団発作」と書いた社説を発表した。

中国の、韓国へのTHAAD配備などへの反発もあり、韓国・中国の外交の雰囲気が一気に悪くなっていた。日本語のニュースでも、ネットでもたびたび取り上げられていたので、ご存知の方も多いことだろう。

韓国政府 中国大使館に抗議=違法漁船の衝突で警備艇沈没(10/9|聯合ニュース)
あらためて遺憾表明 中国漁船による警備艇沈没=韓国(10/10|聯合ニュース)

 

体当たり・沈没事件から2週間ちょっと、その後どうなったのか?
韓国の海洋警備安全本部(以下、海洋警察)対して中国漁船がなぜここまで攻撃的になったのか?これについて少し、メモとまとめと。

 

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10月19日、中国外交部の孔鉉佑(孔铉佑)次官補が韓国・ソウルを訪れ、キム・ヒョンジン外交部次官補との協議の中で、この事件について遺憾の意を表明し、体当たりをした漁船は調査中であることを伝えた。
7日の体当たり・沈没事件が発生してからここまで、中国は「遺憾」表明はしてこなかった。中国側が少し軟化したことで、緊張が和らいだ格好だ。 

警備艇沈没:中国政府「責任回避しない」(朝鮮日報)
違法漁船による韓国警備艇沈没 中国高官「法に基づき処理」(聯合ニュース)

 

フェリー「セウォル号」沈没事故の後に解体され格下げで再編された海洋警察庁の復活や、海上警察組織の運用体制の見直しについて議論がされている。(最大野党である"共に民主党"の議員は、次期大統領選挙の公約にすると発表。)

韓国の海上警察組織(海洋警察と海洋水産部・漁業管理団)は、 黄海(韓国では西海と呼ぶ)での違法操業の取り締まり活動を強化している。事件後、10月20日までに摘発された中国漁船は17隻。いずれの漁船の船員も抵抗はせず拿捕されている。

どうやら事件の後、漁船の船主が船員に対して、摘発されたら抵抗をしないよう特に教育しているそうだ。(これについては、後で。) 

 

近頃、日本のメディアやネットで人気の「海上民兵」は、今回の事件には関係していないらしい。

 

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10月7日の体当たり・沈没事件のあらましを少し書いておこう。

 

10月7日14時10分頃、韓国の海洋警察は、黄海の小青島の南西76km、韓国の排他的経済水域(EEZ)内で違法操業をしている約40隻の中国漁船を確認した。仁川海洋警察の3000㌧級(太平洋級)警備艦「ARS-3005」と1000㌧級(漢江級)「ARS-1002」が急行し、搭載高速艇(それぞれ2隻)での取り締まりを開始した。

中国漁船は集団となり取り締まりを妨害して逃げていたが、集団から離れていた漁船1隻に「太平洋 3005」艦の高速艇1が取りついて隊員8人が乗り移った。
そこへ突然、別の中国漁船(100㌧超)が高速艇1(4.5㌧)に体当たりをしてひっくり返し、さらに別の漁船が高速艇1に乗り上げたことで沈没したそうだ。

高速艇に乗っていた隊員1人(50才・警衛(警部補))は、体当たりされる直前に海に飛び込んで無事だった。高速艇2が救助し、中国漁船に乗り移った隊員達も艇に移乗させて、中国漁船を摘発できないまま「3005」艦へ撤退している。その取り締まり活動中に、隊員は小銃と40mm榴弾発射装置を威嚇のために発砲した。

記事のはじめで少し触れたように、韓国海洋警察の取り締まり活動では、大型の警備艦による体当たりはできなかったようだ(ちょっとびっくり)。

 

韓国海洋警察は、中国海警局に対して、漁船の船名と資料を送り捜査を依頼した(船名は山東省の「鲁荣渔×××××」)。

中国外交部の孔鉉佑次官補が韓国を訪問した時に、「調査中である」ことを伝えている。韓国メディアの報道によると、探しているという意味の「調査中」であり、すでに事件から2週間が経過しているので、船名部分を塗り替えたり外観を変えている可能性があり摘発は難しいとみられている。

 

海洋警察の4.5㌧の小型の高速艇に対して、 100㌧を越える中国漁船が、明らかに攻撃的な操船で体当たりをし沈没させたことで、韓国メディアや世論は強く反応し、海洋警察は、暴力によって公務執行妨害を行った場合に、警備艦の機関砲・バルカン砲の発砲や体当たりをする対応を決定した(決定と発表は非常に早かった)

イ・チュンジェ 海洋警備安全調整官は記者会見で「撃沈する作戦に変えるのではない。暴力的に抵抗している場合にのみ積極的に使用する。」と説明している。
10月13日には、仁川海洋警備安全本部が、警備艦艇4隻による艦砲・機銃の実弾射撃演習を含む下半期海上総合訓練を行った。 

尤も、まず運用規則の整備が必要なため、現場での発砲はまだ難しいと思われる。高圧放水銃など非殺傷装備については、一連の報道の中であまり話題になっていないと感じた。

韓国、中国違法漁船へバルカン砲許可 取り締まり新方針:朝日新聞デジタル
暴力行為の違法中国漁船に強硬対応へ 艦砲射撃も=韓国(聯合ニュース)

韓国海警、暴力抵抗の中国漁船に40ミリ艦砲・機関銃使用へ(2)(中央日報)
이춘재 해경조정관 "공용화기 적극 사용…격침 작전 아니다"(イ・チュンジェ海洋警察調整官「機関砲を積極的に使用...撃沈作戦ではない」|聯合ニュース) 

ハンギョレらしい社説が出ていた(日本語版では紹介されていないようだ)
[사설] 흉포해진 중국어선 떼, ‘버럭 대책’으론 안 된다([社説] 凶暴になった中国漁船の群れ、「激昂した対策」をしてはいけない|ハンギョレ)

 

ーー(追記:11/2)ーーーーーーーーーーーーーーーー

中国漁船に対して、はじめて、M60機銃の発砲が行われた。 

해경함정 노린 중국어선 돌진에 M60 불뿜어…긴박한 현장(聯合ニュース)

中 불법어선에 기관총 첫 사용…달라진 해경(SBSテレビ)(動画40秒)

韓国 違法操業の中国漁船に機関銃600発撃つ | NHKニュース

ーー(追記ここまで)ーーーーーーーーーーーーーーー

 

機関砲の発砲を決めた韓国の強硬な対応に対して、 中国外交部の耿爽報道官(新任)は12日の定例記者会見で、沈没事件が起きたのは中韓漁業協定で操業が認められている海域(北緯37度23分06秒・東経123度58分56秒)であり、韓国の法執行活動に法的根拠が無い、冷静に理性的な対応を求める、と居直ったようなコメントをした。
環球時報は、(機関砲を発砲とは)「韓国政府は狂ったか?(韩国政府疯了吗)」「国家全体の民族主義集団発作(一个国家上下的民族主义集体发作)」という表現を含む社説を出した。

これに対して、韓国外務省は、中国漁船40隻を確認したのは韓国EEZ内(北緯37度21分17秒・東経124度02分28秒)であり、そこからの追跡権は国際条約に則ったものと反論。韓国メディアは、中国外交部の発言や環球の社説に対して「盗っ人猛々しい(적반하장)」と反発している。

2016年10月12日外交部发言人耿爽主持例行记者会 — 中华人民共和国外交部

社评:准许炮击中国渔船,韩国政府疯了吗_评论_环球网

さらに19日から25日に予定されていた、韓国海洋水産部と中国海警局との韓中合同の漁業監督取締り活動が、中国側の要請によって突然キャンセルされた。 

中, 양국 공동 서해 불법조업 단속 활동 계획 '취소'(ソウル経済)
中韓|摩擦強まる 漁船体当たり、非難の応酬(10/18|毎日新聞)
[時論]違法操業には沈黙 警備艇沈没の責任を韓国に転嫁する中国(聯合ニュース)

 

中韓の外交関係が緊張していたが、10月19日に、中国外交部の孔鉉佑次官補が韓国・ソウルを訪問し、「遺憾」表明をして、問題の漁船は調査中であり漁業法に則って対応することを伝えたことで、今のところとりあえずは沈静化した形だ。

警備艇沈没:中国政府「責任回避しない」(朝鮮日報)
中国政府 警備艇沈没の中国漁船を処分(KBS)

 

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韓国北西部、黄海(韓国では西海と呼ぶ)のワタリガニ漁は、特に4月〜6月の韓国の禁漁期間に中国漁船の操業が増え、北方限界線(NLL)付近ではこの2〜3年で漁船数が2倍に増えている。6月〜8月の中国の禁漁期間に減少はするが、韓国の管轄海域での違法操業は後を絶たない。

漁民からすれば、ルールを作って守っている自分たちの資源、生活の糧が、ルールを守らず、暴力も奮っている違法操業の漁船によって踏みにじられている。

 

韓国の海上警察組織(海洋警察と海洋水産部・漁業管理団)は、10月7日の事件後にも違法操業の取り締まり活動を強化している。20日までに摘発された中国漁船は17隻(2015年の摘発総数は568隻なので、特別に多かったわけではない)。いずれの漁船も、摘発に対して強い抵抗はせずに拿捕されている。

拿捕された漁船の船員への聞き取り調査によると、どうやら船主が船員に対して、摘発されたら抵抗をしないよう、特に教育していたそうだ。

몸사리는 中어선 "한국 해경에 저항하지 마라" 특별교육(中国漁船「韓国海洋警察に抵抗しないように」特別教育|聯合ニュース)

 

船主にとっては、ロシア沿岸警備隊の対応や、今年だと南米のアルゼンチン沿岸警備隊による発砲と沈没事件が記憶に新しく、船員が暴力的に取り締まりを妨害した結果、発砲されて漁船を沈められるよりも、運が悪くて拿捕されたなら担保金を支払って漁船を取り返す方がコスト的に安くつくと判断したとみられている。また船長たちも、撃たれるのではないかという恐怖を感じていたそうだ。

 

韓国海洋警察の、警備艦の機関砲の発砲という決定が、“威嚇”として効果を示しているようだ。今のところは。

 

次の記事:韓国海洋警察の高速艇、中国漁船の体当たりによる沈没事件(2)|なぜ攻撃的になってきたのか? - pelicanmemo

(長くなったので2つに分けました)

 

韓国海警(海洋警備安全本部) 署長が、違法操業の中国漁船への艦砲の発砲に言及。 |取り締まりの安全確保ができない場合やメイドが拉致された時・・・ - pelicanmemo

 

アルゼンチン沿岸警備隊、違法操業の中国漁船へ発砲、沈没 繰り返される外国船による違法イカ漁 - pelicanmemo

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