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海外の話が多め。近頃は中国が多め(中国海警局・中国海監、深海潜水艇、感染症など)。

韓国海洋警察の高速艇、中国漁船の体当たりによる沈没事件(2)|なぜ攻撃的になってきたのか?

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韓国北西部・仁川沖の黄海で、10月7日、違法操業の中国漁船を取り締まっていた仁川海洋警備安全本部の警備艇(警備艦「太平洋3005」搭載艇)が、漁船の体当たりを受けて沈没した。

幸い死者は出なかったが、中国漁船が体当たりをし沈没させたのは初めて。韓国政府は違法操業の漁船の暴力的な妨害に対して、警備艦に搭載しているバルカン砲など(40mm艦砲、20mmバルカン砲、M60機銃など)の発砲や体当たりなどの対応を取ることを決定した。

 

前の記事では、体当たり・沈没事件から2週間ちょっと、その後どうなったのか?、について書いてみた。(長くなったので2つに分けました)
韓国の海洋警備安全本部(以下、海洋警察)対して中国漁船がなぜここまで攻撃的になったのか?これについて少し、メモとまとめと。

 

前の記事:韓国海洋警察の高速艇、中国漁船の体当たりによる沈没事件(1)|その後、まとめ - pelicanmemo

 

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韓国の海上警察組織(海洋警察と海洋水産部・漁業管理団)は、10月7日の事件後にも違法操業の取り締まり活動を強化している。20日までに摘発された中国漁船は17隻(2015年の摘発総数は568隻なので、特別に多かったわけではない)。いずれの漁船も、摘発に対して強い抵抗はせずに拿捕されている。

拿捕された漁船の船員への聞き取り調査によると、どうやら船主が船員に対して、摘発されたら抵抗をしないよう、特に教育していたそうだ。
몸사리는 中어선 "한국 해경에 저항하지 마라" 특별교육(中国漁船「韓国海洋警察に抵抗しないように」特別教育|聯合ニュース) 

船主にとっては、ロシア沿岸警備隊の対応や、今年だと南米のアルゼンチン沿岸警備隊による発砲と沈没事件が記憶に新しく、船員が暴力的に取り締まりを妨害した結果、発砲されて漁船を沈められるよりも、運が悪くて拿捕されたなら担保金を支払った方が安くつくと判断したとみられている。また船長たちも、撃たれるのではないかという恐怖を感じていたそうだ。

韓国海洋警察の、警備艦の機関砲の発砲という決定が、“威嚇”として効果を示したことになる。

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なぜ中国漁船はここまで暴力的な対応をし、またエスカレートさせてきたのか?

 

まず、韓国の海上警察組織(海洋警察庁〜国民安全処・海上警備安全本部、海洋水産部・漁業管理団、)の対応が弱いことと、何か大きな事件があると場当たり的に少しずつ警備体制を強化してきたところに問題があると思う。省庁間政治や中国への配慮もあるだろう。これで、違法操業の漁船船員がつけ上がってきた。

韓国海洋警察では、2008年と2011年に殉職者が出ている(漁船の船員にも、これまでに死者が出ている)。負傷者も多い。
大きな事件が起きると、銃の発砲や、榴弾発射装置(非殺傷武器)を装備したり、今回のように機関砲の発砲と警備艦の体当たりを決定、と場当たり的に強化してきた。

その一方で、銃の発砲時は相手の足を撃つ規定であり、発砲した隊員の法的責任が曖昧など、運用面で制限がかかっている。 ・・・今回、警備艦の機関砲の使用も決定されたが、実際にはどのような運用規則となるのだろう?

 

解体された“海洋警察庁”を復活案や、海上警察組織の装備の運用体制の見直し、隊員が法的責任を負わないようにする対応が求められている。

 

韓国海洋警察の船艇は、船舶事故やサルベージ、離島の領海警備などを重視した1000㌧級以上の大型警備船を建造し近年は配備している。

警備船による違法操業漁船への体当たりのような直接の対応は出来なかったようだ(ちょっとびっくり)。 搭載高速艇やヘリを使って中国漁船に近づいて、隊員が直接乗り込んで停船させなければならない。

中国漁船側としては、韓国海警の隊員に乗り込まれて、操舵室を制圧されると終わりなので、その取り締まり方法に合わせた対策をとっている。

 

中国漁船が固まって航行している、よく知られた写真がある。例えばこれ。

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これは「連環の計(『三国志』の赤壁の戦いでの"連環計"のイメージは忘れて♪)」で、漁船同士をロープや鎖で繋ぐ事で、小型の搭載艇の接近と各個撃破の摘発と拿捕を妨害している。

漁船自体にも、舷側に複数の鋼鉄製の棒(取り外し式)を設置して高速艇の接舷を妨害したり、舷側に板を貼って隊員が乗り込んでくるのを妨げる。また、操舵室の扉を鋼鉄製にして簡単には侵入・制圧されないようにしている。

時間を稼いでいる間に公海に逃げたり、他の漁船が取り締まりを妨害しにくる(今回は、高速艇に体当たりして沈没させた)。

20161024202639聯合ニュース

 

中国漁船が、ここまで強硬に摘発を逃れようとする理由のひとつに高額の担保金(事実上の罰金)がある。

韓国の違法操業漁船に対する担保金は、50㌧未満、50〜100㌧未満、100㌧以上と排水量によって分けられている。100㌧以上の漁船の場合は1億5000万ウォン(約1400万円)、上限が2億ウォン(約1800万円、約120万人民元)と高額(他国に比べるとまだ安いという意見もある)
(追記2017年2月:1月1日に無許可操業の担保金の上限が3億ウォンに引き上げられた)

 

中国漁船の船主は、違法操業の摘発と拿捕に備えて10〜20隻で一種の保険・・・いわば"拿捕保険"をかけておき、もし万が一、拿捕された時には支払われるという仕組みがあった。(これまでの摘発率は0.1〜0.07%。NLL付近の海上で確認された違法操業の中国漁船は今年1月〜9月で31781隻。) 

ところが、中国は昨年末から"拿捕保険"を厳しく取り締まりだしたので担保金の調達が難しくなった。担保金を、漁船の船員にも一部負担させる場合も多いようだ。拿捕された漁船の船員は、帰国できたとしても、後は担保金の借金で奴隷のようにこき使われる事を恐れているという。

나포되면 선박 되찾을 담보금 없어… “무조건 도주하라” 막가는 흉기저항 : 동아닷컴(拿捕されると、船舶を取り戻す担保金は出せない...「無条件で脱出せよ」暴力と武器で抵抗|東亜日報)

韓国と中国の間で漁業協定(2001年?)が交わされてから、韓国で釈放された後は中国当局に引き渡され、拿捕された漁船には操業許可が与えられなくなるなど、両国で二重に処罰されることになった。(この場合、別の船の操業許可証を購入するなどして違法操業が続けられる。)

中国漁船と船員は、手段と方法を選ばずに逃げなければならないという危機感にかられてきたのだろう。

 

2011年12月、韓国海洋警察のイ・チョンホ(이청호、李清好)警査(巡査部長)が、違法操業を取り締まっていた時に、中国漁船の船長が振り回したガラスの破片で刺されて死亡した。
(*)イ・チョンホ警査の名前は、海洋警察の最大級の6800㌧型(三峰級)警備艦の2番艦「5002 イ・チョンホ」として残されている。

被告の漁船船長は裁判で、覚せい剤(メタアンフェタミン、필로폰)を使用していたので心神耗弱状態であり、責任能力はないと主張をしていた。(覚せい剤は名前の通りに、覚醒作用を高めて疲れにくくする、常習性のある麻薬(違法薬物)である。)

'어민 아니라 해적'…마약 취해 단속 해경 살해까지('漁民というより海賊' ...  麻薬を使い取り締まりの警官殺害まで|聯合ニュース)

中国漁船の船員全てが使っているとは思わないが、中国では日本や韓国よりも、医療用?軍人用?などの麻薬が比較的に手に入りやすいのかもしれない。摘発を逃れるために手段も方法も選んでいない。 

 

韓国の海上警察組織は、大型化する中国漁船と、暴力が激化する漁船・船員の抵抗に充分に対応しきれていなかった。そんな中、セウォル号事故と海洋警察庁の解体と再編がなされ、ただでさえ充分でない警備体制がさらに弱くなってしまったと考えられる。

国民安全処は、海上警備安全本部になった後は人員も予算も増えたと反論しているが、増えたのは現場の人間ではなく、予算も海上での警備体制の強化や装備の拡充・メンテナンスには充分には回っていないようだ。

中国漁船を取り締まる韓国の高速艇、粘着テープを貼って出動... - Record China
[집중취재] 청테이프로 땜질하고 출동하는 해경 고속단정(MBC)

 

さらに北朝鮮。

北朝鮮が核実験とミサイル発射実験を繰り返し、韓国と北朝鮮の緊張関係が悪化することで、北部限界線(NLL)付近での取り締まり活動が難しくなった。今年6月には、国連軍と韓国海軍と海洋警察とによる合同での取り締まり活動が行われた(今のところ、1回だけ)

10月7日の事件の時も、海洋警察は海軍に対して協力を求めたが、海軍は北方警備で手が足りないと協力を断っている(10日の朝鮮労働党創建記念日を前に、再び核実験かミサイル発射実験、何らかの軍事行動を警戒していた)

さらに北朝鮮は外貨獲得の手段として、NLLの北側の北朝鮮の管轄海域での操業権を、中国や台湾に対して売却し、北朝鮮の人間を船員として雇わせていることが報道されている。

北朝鮮 中国に東海NLLの漁業権も販売=代金は統治資金に(聯合ニュース)
北朝鮮が海上操業権を台湾にも販売 数十隻が操業中(聯合ニュース)

中国の漁船は、大陸の港を出た後、NLLの北の北朝鮮海域のワタリガニ漁のできる海域に入り、早朝や深夜に隙をみて韓国側の海域で違法操業をし、韓国海洋警察の警備船が近づいてきたらNLLの北側や公海に逃げるそうだ。 

[寄稿]中国漁船の不法操業続く西海に国家はない : 社説・コラム : ハンギョレ

 

韓国政府は、中国や北朝鮮への政治的配慮からだと思うが、弱腰な対応を繰り返し続けた上、中国漁船の大型化や変化に対応出来ず、つけ上がらせてきたのではないだろうか。

こういう大きな事件の後は、韓国メディアの関連報道が詳しく多くなるので、2週間くらい関連報道をざっと追いかけてたんだけど、ここまでこじれていると手詰まり感が強い。

警備体制を抜本的に改革できる“転換点”が来ているのかもしれないが、韓国の国際関係や国内の政治、経済や社会の状況から、どこまで進めることができるのだろう? 結局、これまでと同じで、骨抜きになりそうな気もする。

 

日本も、
中国漁船への対応については、東シナ海や日本海での違法操業や、小笠原沖の"宝石サンゴ"爆獲りや北太平洋のサンマ漁など多く報道された例にあげるまでもなく、日本も他人事ではない

その時々で、政治的配慮とかで対応を間違え続けていると、いつか海上保安庁の巡視船や水産庁の漁業取締船の職員が死傷するというニュースを・・・目にする日が来ることを望む人はいないだろう。 

 

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