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海外の話が多め。近頃は中国が多め(中国海警局・中国海監、深海潜水艇、感染症など)。

【新型コロナウイルス】 結局のところ「すれ違い感染 (fleeting transmission)」とは何だったのか? ー オーストラリア

 

新型コロナウイルスのオミクロン変異株(B.1.1.529)の感染拡大が続いています。デルタ変異株の3~4倍の感染力をもつとも言われる変異株です。

ワクチン接種や感染歴がある人は、オミクロン株に感染したとしても入院や重症化や死亡のリスクを大きく減らせるようです。その一方で「軽い風邪みたいなもの」といったコメントも多々見かけます。こういった楽観的な視点は、この2年間に何度も見てきた光景です。高齢者施設など介護関係者や、保育士や小学校の先生が感染したり、インフラ関係従事者などに感染拡大した場合に、その施設や学校の対応やその先がどうなるかイメージできていないのではないでしょうか。

(オミクロン株の話は余談なのでここまで🙂)

 

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今年(2021年)6月から7月にかけてオーストラリアで、デルタ変異株(B.1.617.2)に「すれ違っただけで感染」という話がありました。ポケモンのDSゲームの「すれ違い通信」とからめて「すれ違い感染」とも呼ばれていました。(おぼえていますか?🙂)

感染症の専門家はもとより新型コロナについて少しでも勉強していた人はほとんど相手にしていなかったのですが、オーストラリアの保健当局による発表でもあり一時的にマスコミが不安感を煽るように取り上げていました。

結局アレはなんだったのか?これについて少し。

すれ違っただけで感染!? デルタ株、驚愕の感染力が詳細分析で明らかに...? - World Voice - ニューズウィーク日本語版 (2021/06/19)

オーストラリアでデルタ株の感染が拡大 弱点つかれ - BBCニュース (2021年6月29日)

 

日本語の訳では「すれ違っただけで感染」が多いようです。原文では"fleeting transmission"(わずかな時間で(ウイルス)伝播)や"fleeting exposure(わずかな時間の暴露)"、"fleeting contact"(わずかな接触)となります。

 

 

簡単にまとめると、

 

  • 日本語の翻訳は「すれ違っただけで感染」ではなく、保健当局の意を汲んで「誰でもどこででも感染する可能性がある」とすべきだった。
  • 当時、オーストラリアの国内では陽性確定例は1ケタで非常に少なく、市民はマスク着用はじめ感染予防の行動に積極的では無かったワクチン接種率はかなり低かった(2回接種済みが1ケタ台)
    その一方で、検疫・隔離ホテルでの感染拡大が起こるなど感染拡大防止の対策は破綻しかかっていた。検疫の抜け穴(ループ・ホール)が大きくなっていた
  • オーストラリアのビクトリア州やニュー・サウス・ウェールズ(NSW)州の保健当局は、旧カッパ株やデルタ株の感染拡大に対して抱いていた危機感が非常に強かった。南半球は寒くなっていく時期なので、強い口調で「警告」を与えたかったのだろう
    (→現実のものとなった)
  • NSW州の"Fleeting Transmission"(わずかの時間で(ウイルスが)伝播)の発表で、例として使われた感染例はわずか4人
    最初の感染者(0番感染者)とされた空港リムジン運転手と「すれ違っただけ」で感染と言える例は1人だけ。1人は濃厚接触者の可能性があった(多くの報道で無視されていた)。残り2人は10m以上も離れていた。
  • 結局、その後のほとんどの感染者は、家庭内での感染拡大やパーティなど会食の場での二次感染〜n次感染で、よくある感染拡大の例だった。
  • 豪州はじめ各国のメディアが「すれ違っただけ」で感染した例が確認された!と不安感を煽るような報道を繰り返していた。
  • NSW州やシドニー市で、はじめてのデルタ株感染者が確認されるより前に、すでにデルタ株感染者(真・0番感染者)がいた可能性があるが、それを保健当局は考えたくないだろう。

 

オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ(NSW)州、シドニー市のBondi Junction ショッピング・センターで発生したデルタ株の感染拡大と集団感染の連鎖で、最初の感染者(0番感染者)と発表され大きく報道されたのは60代の空港リムジン運転手Michael Podgoetsky氏。FedEx貨物機の搭乗員が一時的に滞在するため検疫隔離ホテルへ運んだときに車内で感染したと考えられています。

 

多くの報道では、リムジン運転手はワクチンを接種しておらず、仕事中にマスクを着用せず、検査も受けていないなど感染予防の為の対策をまったくしていない「ひどい奴だ」といった伝えられ方になっています。ところがどうもそれは誤報であって、当の本人は仕事中はマスクや手袋を必ず着用して「ルールを守っていた」と述べ、さらに自分は市内で他の人から感染したのかもしれない、と豪州のテレビ番組「A Current Affair」などのインタビューで話しています。

 

【新型コロナウイルス】デルタ変異株、豪州で「すれ違い感染」? → マスクをしていなかったのでは? 🙄 - pelicanmemo (2021-06-24)

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20210624063954(デルタ株の集団感染・クラスターの連鎖の発端となったBondi Junctionショッピング・センター)

 

簡単に書くと、豪州の検疫の水際対策と検査や隔離のパッケージは、陽性確定者の人数が少ない時だから有効に機能していたんですよね。コントロールできる状況下ではコントロール出来ていた。🤔

新型コロナウイルス感染症に対して、オーストラリアが行っていた検疫から隔離の徹底(水際対策)と、市中で陽性確認例が見つかったら積極的疫学調査をし行動履歴を詳しく発表をして積極的な検査と隔離、治療をする独自の対応はデルタ変異株やカッパ変異株より前には充分に機能していました。(時々、とんでもない破綻も起こしていました(大笑)(余談))
しかし、むしろその成功体験によって、市民の意識は感染予防のための行動変容には繋がらず、ワクチン接種率を高めることも出来ませんでした。検疫の抜け穴(ループホール)も大きくなっていった。
そこにデルタ変異株による大都市シドニーでの市中感染が発生し、集団感染・クラスターの連鎖が起こり、急速な感染拡大によって積極的疫学調査も、陽性確定者の行動履歴の調査と発表からのウイルス暴露した可能性が高い人の検査と隔離も充分ではなく、感染拡大を抑えることが出来ずにあっさりと破綻してしまいました。

 

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このリムジン運転手Michael Podgoetsky氏(以下、リムジン運転手)は、ワクチンを接種はしていませんでした。

空港と検疫隔離ホテルを結ぶリムジン・タクシーの運転手でありながら接種をしていなかったのは、いわゆる「反ワクチン」の考えを持っていたのではなく、家族に血栓症の履歴があったためアストラゼネカ(AZ)のワクチン接種を躊躇していたと話しています。AZワクチンは(若年層で)血栓を生じるリスクがあると大きく報道されていた頃でした。
当時(今年(2021年)7月1日時点)、豪州のワクチン接種率は1回接種が25%、2回接種は約7%と非常に低いものでしたOur World in Data。接種を選択しない事は特別では無かった。空港リムジン・タクシーの運転手であってもワクチン接種は義務ではなく、雇用主からも接種を求められなかったそうです。残念なことに、ファイザーのワクチンの方は60才未満に対して優先的に接種するとされていたので、彼は対象外でした。

 

インタビューで、このリムジン運転手は仕事中は常にマスクを着用して、新型コロナの検査を毎日ではないが”頻繁”に受けていたと話しています。

The man told Golman that he always wore a face mask at work and was tested for COVID-19 “frequently”, but not every day.

It also turns out that the guy – who is in his 60s – was hesitant to get the AstraZeneca jab because he has a family history of blood clots. Golman also clarified that the man is not an anti-vaxxer.
(注:文中のGolmanは、インタビューをしたLauren Golman)

ACA Spoke To The Driver At The Centre Of Sydney's COVID Outbreak

 

さらに、70代女性がリムジン運転手と「すれ違っただけで感染」したと発表されたカフェBelle Café in Vaucluse では、彼が訪れた日(6月12日または13日)に咳やくしゃみをしている30代男性の隣に座ったので、その人から感染したのかもしれないと話しています。

"He told me a story about the fact that he was sitting next to a gentleman who looked like he was in his 30s who was coughing and sneezing," Golman said.

"He became worried sitting next to that person and he thinks he caught it at Belle Café at Vaucluse."

Coronavirus: Limo driver at centre of the latest Sydney COVID-19 outbreak claims he's 'not patient zero'

正直なところ、このリムジン運転手Michael Podgoetsky氏の話をどこまで信じていいものか悩みます。

・・・ただ、多くの関連報道を読んでいると、この空港リムジン運転手の彼が豪州での0番感染者(patient zero)であることが100%確定したかのような、どれも断定的な報道となっていたのに違和感を感じています。
(何だか、オウム真理教による松本サリン事件での冤罪未遂がイメージされました(ドキュメンタリーや書籍や手記でしか知りませんが)

ACA Spoke To The Driver At The Centre Of Sydney's COVID Outbreak

Coronavirus: Limo driver at centre of the latest Sydney COVID-19 outbreak claims he's 'not patient zero'

Bondi limo driver Michael Podgoetsky considered Sydney’s COVID-19 ‘patient zero’ speaks | 7NEWS

 

 

リムジン運転手が6月12日と13日に訪れたシドニー市のVaucluse地区のカフェ「Belle Café」では、70代女性で「すれ違っただけで感染」した可能性があると発表され、報道されました。

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この70代女性はカフェのテラス席に座ったので、まさしく空港リムジン運転手とは「すれ違っただけ」と報道されていましたが・・・、NSW州の発表では”濃厚接触者(close contact)”と発表されていますし、レジ・カウンターでの支払いや商品受け渡しの時に店内で近くに居た可能性もあるとも報道されています。

70台女性がテラス席に座っていた「すれ違った」時だけが感染する可能性があったわけでは無いようです。

COVID-19 (Coronavirus) statistics - News (17 June 2021) ニューサウスウェールズ州保健局による公式発表(2021年6月17日)

 

しかし、もしもリムジン運転手が考えているように、他のデルタ株感染者(真・0番感染者)がカフェにいたとするなら、そちらがそもそもの感染源の可能性もありうるでしょう。

豪州NSW州の"Fleeting Transmission"(わずかの時間で(ウイルスが)伝播)の4例はいずれも、遺伝子解析の結果から同じ感染源と推測されています。

Bondi Junctionショッピング・センターで、リムジン運転手と「すれ違っただけ」で感染したという残り2人、10m以上も離れていたのに感染したという2人も別の場所と時間に感染機会があった可能性も考えられそうです。

 

 

オーストラリアでの新型コロナのデルタ株の感染例は、この今年(2021年)6月のNSW州シドニー市でのBondi Junction ショッピング・センターの集団感染が初めてではありません。

入国者は、検疫の検査の後に症状の有無に関わらず14日間の検疫隔離ホテルでの隔離が義務づけられています。航空機の搭乗員など短期間で出国する場合も、検疫隔離ホテルでの滞在が義務づけられています。

この隔離ホテルで滞在中に、他の滞在者へウイルスが伝播したケースが複数確認されています。

今年(2021年)2月には、豪州でも検疫隔離ホテルの中でのエアロゾルの移動と、空気(エアロゾル)感染による感染拡大が指摘されていました。しかし当局の対応はかなり遅かった。
少数の感染例だけでなく感染者が急増し視覚化される状況に入らなければ、感染予防対策を強化する社会的コンセンサスが得られなかったのかもしれません。(尤も、急増した後でも、公共の場でのマスク着用義務や行動制限への反対デモが起こっていますが・・・)

SA Health investigating whether man caught coronavirus in medi-hotel - ABC News (11 May 2021)

Could an $800 air filter be a cheap fix for the threat of airborne COVID in hotel quarantine? - ABC News (13 Feb 2021)

 

日本でも(オミクロン株の例で)関西空港の検疫職員の感染が確認されました。宿泊療養施設内での感染が強く疑われています。(これについて書くと長くなるので端折りますが、感染者が滞在していた部屋の換気が悪いと室内空気エアロゾルのウイルス濃度が高くなり、ドア開閉時に近くに居た人がエアロゾルに暴露することで感染したと考えています)。

関空検疫所職員がオミクロン株感染 渡航歴ない感染者では初の判明 [オミクロン株] [新型コロナウイルス]:朝日新聞デジタル

 

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ニューサウスウェールズ(NSW)州のとなりのビクトリア州では、NSW州シドニー市での感染拡大の半月〜1ヶ月前に旧カッパ変異株(B.1.617.1)の集団感染のほかにデルタ株の感染例もありました。

むしろ、NSW州よりも先にビクトリア州で、旧カッパ変異株やデルタ変異株に対する危機感が強かったようです。

ビクトリア州の最高保健責任者ブレット・サットン(Brett Sutton)教授は、「麻疹(はしか)のような感染力(Now that's in a kind of measles level of infectiousness)」と厳しい表現を使って警戒をよびかけていました。

Fear virus strain can infect two hours on | Daily Mercury

そこでも、”fleeting contact(わずかな時間の接触)”で感染した可能性があると発表されましたが、そのうち2人は間違いだったと報道されています。

Victoria COVID: False ‘fleeting contact’ positives ‘take some pressure off’ contact tracers (June 3, 2021)

Two Victorian 'stranger-to-stranger' cases declared false positives - InDaily (Jun 4, 2021)

 

NSW州シドニーでのデルタ株の大規模な感染拡大は始まる1ヶ月近く前(今年(2021年)5月~6月)に、ビクトリア州のメルボルン市でデルタ株の感染例があり、6月はじめには高齢者施設での集団感染・クラスターへと発展しています。
発端はビクトリア州内での感染ではなく、NSW州のリゾート地への訪問歴があったことから州を越えた感染例として発表されています。これはNSW州での感染例にはカウントされないものです。

当時の報道では「ミステリー」とされており、このデルタ株感染者がどういう経路で感染したのか分かりませんでした。(見つからなかった)

その時は、市中での感染拡大に発展しなくても、オーストラリアで感染経路の分からないデルタ株の感染源がすでに存在していたことを示唆しています。

本当にやっかいな感染症のウイルスです。

Focus on Victorian COVID mystery cases, Delta variant and aged care outbreak ahead of lockdown deadline - ABC News (7 Jun 2021)

 

Bondi Junctionクラスターを、感染者が100~200人くらいまで追いかけてみていたところ、ほとんどが家庭内感染や会食など濃厚接触者など感染経路を追跡できるものばかりでした。どこかに”根っこ”があるんです。

もしもデルタ変異株で「"Fleeting Transmission"(わずかの時間で(ウイルスが)伝播)」「すれ違っただけで感染」が起こっていたのなら、シドニーやNSW州だけでなくデルタ変異株の感染者数はこの程度では済んではいなかったでしょう。

 

オーストラリアでも、オミクロン変異株とされる感染者が急増しています。次はどういう表現で「警告」を発するのでしょうね。🙃

 

 

オーストラリアでデルタ株の感染が拡大 弱点つかれ - BBCニュース (2021年6月29日)

Covid: How Delta exposed Australia's pandemic weaknesses - BBC (29 June, 2021)

 

NSW COVID-19 exposure sites: Bondi Junction cinema and Westfield added to list of venues visited by active case - ABC News (17 Jun 2021)

How the potentially 'inexcusable' actions of a limo driver put Sydney on COVID-19 alert - ABC News (17 Jun 2021)

Fleeting exposure prompts Sydney mask move | The West Australian (18 June 2021)

NSW Health records additional COVID-19 case, masks mandatory for public transport in Greater Sydney - ABC News (18 Jun 2021)

Woman in 70s contracted COVID from ‘fleeting exposure’ to Bondi limo driver (18 Jun 2021)

'Don't panic': Confusion as list of Sydney exposure sites grows (19 June 2021)

 

 

Victoria COVID case: What we know so far (11 May 2021)

SA Health investigating whether man caught coronavirus in medi-hotel - ABC News (11 May 2021)

Victoria COVID cases, news, hotspots, outbreak, restrictions, tests | news.com.au (May 25, 2021)

 

 

CCTV captures 'scarily fleeting' encounter that resulted in Bondi COVID-19 cluster growing (22 Jun 2021)

Coronavirus NSW update: Sydney cluster grows by two amid warning of more COVID-19 restrictions for NSW; Bondi Junction Westfield cluster now at 11 (Jun 21, 2021)

 

Why Australia is under pressure to upgrade advice on Covid’s aerosol transmission (27 Apr 2021)

https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(21)00869-2/fulltext

NSW coronavirus numbers likely to keep rising as household transmission nears 100 per cent | news.com.au (June 28, 2021)

Sydney Covid: Student nurse tests positive, 22 new cases in NSW | news.com.au (June 30, 2021)