(週刊安全保障 - ホウドウキョクより)
ネット専業の映像ニュース局 "ホウドウキョク" の、土曜夜の番組「能勢伸之の週刊安全保障」。
8月13日に放送された番組で使われた「中国海警局の成り立ち」パネルに、大きな間違い、あるいは視聴者に誤解を与える内容があったと話題となっている。
「海巡(交通運輸部海事局)」も、中国海警局に統合されたような説明図だが、「海巡」は含まれてはいない。
尖閣に中国公船 過去最多18隻 - 08/13放送分(ホウドウキョク(アーカイブ))
番組タイトルで「安全保障」と銘打っている番組としては、たしかに残念だった。
解説者が少しフォローしようとした雰囲気も感じたが、とても分かりにくかった。(管理人はリアルタイムでは見られなかったので、アーカイブ映像で視聴でした。)
ネットでも、今回(2016年8月)の尖閣諸島の接続水域や領海で確認された、10数隻の中国公船の中に「海監」や「漁政」の船名が混じっていたので、「統合されて無くなったんじゃないの?」というようなコメントもいくつも見かけた。
中国海警局の成り立ちについて、簡単におさらいをしてみたい。
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中国の海上法執行機関(海上警備組織)は「五竜(五龙)」と呼ばれ、海洋環境調査・監督管理を主とする「海監」、海上警察の「海警(辺防海警)」、漁業行政の監督管理「漁政」、税関密輸取り締まりの「海関(海関緝私)」と、水上交通の安全監督管理「海巡」に分かれていた(職務は概略のみを記した)。
このうち「海巡」以外の4つの組織を統合再編し、・・・、中国海警局が正式に発足した。
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「海監(国家海洋局・中国海監総隊)」
「海警(辺防海警)(公安部辺防管理局・辺防海警部隊)」
「漁政(農業部漁業局(中華人民共和国漁政局)・渔政部隊)」
「海関(海関緝私)(海関総署緝私局(税関密輸取り締まり部隊))」
「海巡(交通運輸部・海事局)」
海上法執行組織(警備組織)ではないので別枠だが、人員や船舶・航空機・ヘリなど装備が充実している海事組織に「救捞(交通運輸部・救捞局(救助サルベージ局)」がある。
管理人は、公安部の「海警」は「辺防海警」と書いている(「中国海警局」と混乱しそうなので)。「海関緝私」も似た理由。
図示すると次のようになる(管理人の趣味で「救捞」も加えた)。
日本経済新聞の今年5月29日付けの記事が、文字数少ないながらも良記事。おすすめです。(要登録(無料))
中国海警局とは :日本経済新聞(2016/5/29)
【中国海警局】 海でも崩れた日中均衡 経済に続き警備力も「逆転」 - 日本経済新聞2016年5月29日 - pelicanmemo(2016-06-02)
中国海警局では、3つの海区分局(北海、東海、南海)、11の沿海省(自治区・直轄市)の海警総隊と支隊が作られた。しかし、省級やそれ以下の地方自治体の部隊には「海監」「漁政」の船名・船舶番号の公船もあり、十分に統合再編されているわけではない。
「海巡」が統合再編に含まれなかった理由として、『“海洋国家”中国にニッポンはどう立ち向かうか』では次のように解説している。
海巡と他4機関の違いは、海巡は基本的に国際海事機関(IMO)で定められた航海法規、海事規則などの国際法に基づき行動が求められていることである。国際法に縛られる海巡は中国の国内法を根拠に行動する中国海警局の足枷になりかねないため排除されたと言われている。実際に中国海警局は中国国内法を全面に出し、国際法など意にも介さない活動を行っている。(赤字強調は管理人による)
『“海洋国家”中国にニッポンはどう立ち向かうか』(p.138)
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ここから、少し細かくなっていきます。😊
少し詳しく書くと、「海巡」以外の4組織の中の、法執行活動を行う組織(人員や船舶・航空機)を、国家海洋局に統合再編し、国家海洋局は中国海警局の名義をもって海上権益保護、法執行活動を行う。公安部の業務指導を受ける。
国务院办公厅关于印发国家海洋局主要职责内设机构和人员编制规定的通知 - 国务院办公厅
国务院新组建部门“三定”方案公布 - 中国机构编制网
例えば、国家海洋局の直属組織だった中国海監総隊は、2013年の《三定方案》による再編で無くなった。
一方、国家海洋局や税関などの中の関係ない組織は、中国海警局とは関係なく(連携した活動はあり得る)業務を遂行している。
中国海警局という組織は正式発足したが、未だに専業の事務局(办公室)は見当たらず、公式ウェブサイトも無い。
発足後しばらくは、中国海警局には、指揮命令の司令部(海警司令部、海警指揮中心)と装備・物資を用意する後勤部(海警后勤部)しかない、と揶揄されていたものだ。近頃は求人活動も広げている。
「海監」「辺防海警」「漁政」「海関」これら4つの組織には、国家級の組織、省(自治区・直轄市)級、さらに下の地方自治体にも下部組織がある(これらの割合はそれぞれに違う)。
国家海洋局・中国海監の場合、11の省級(沿海省・自治区・直轄市)の海監総隊があり、104の海監支隊(地(市)級支隊、省総隊の直属支隊、保護区支隊。)、206の県(市、区)級の海監大隊がある(2011年末時点)。
国家級である北海・東海・南海の3つの海区分局と中国海監総隊は統合再編されたが、省(区・市)級の海監総隊や支隊、等、どこまでが《三定法案》の統合再編の対象に含まれているのかよく分からない。
船艇が中国海警局のエンブレムやマーク、船名と船舶番号になっていても、活動の発表や報道では「(地名)海監第〜支隊の・・・」という表現になることも多い。
統合再編の対象だと考えられる3つの海区の航空支隊でも、未だに航空機・ヘリは「中国海監」のままのマークだ(航空行政も関わるので遅れているのかもしれない)。
省(区・市)級の組織が管理運用する船舶は、海警局のエンブレムとマークに変えたものもあれば、これまで通りの「海監」や「漁政」のマークと船名を付けているのものもある(「辺防海警」は全て変わったのかもしれない)。
例えば、国家海洋局の省級・海洋監視船建造計画(36隻)で作られた船のうち福建省の3隻は、「海監8001(現・海警2115)(1500トン級)」「海監8002(現・海警2112)(1000トン級)」「海監8003(変更なし)(600トン級)」で、1隻だけ「海監」のまま変わっていない。
「海監8003(600トン級)」は今回(2016年8月)、尖閣沖でも確認された。今回、尖閣沖で確認された中国公船には、地方部隊所属の600トン級や500トン級が多い。
既存の船のうち、1000トン級以上は、ほぼ海警局のエンブレムとマークに変わり、1000トン級未満は組織や地域によって対応がまちまち。新造される船艇は最初から海警局のペイント、とイメージすれば、だいたいあたっているだろう。(例外あり)。
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これが「漁政」となると、さらに面倒くさくなる。
新造の1000トン級以上の中にも、未だに「漁政xxxxx」という船名・船舶番号を持つものもある。
たとえば今回、尖閣沖で確認された「漁政45005」と「漁政45036」は、中国海警局の「海警33115」(浙江)と同型の、広西チワン族自治区の1000トン級漁業監視船だ。
近頃は、漁政に限らず、1000トン級以上の大型海警船の中にも、国家級(船舶番号4ケタ)から省級(同5ケタ)の組織に移管されて船名・船舶番号が変わる例を目にするようになった。
変わり種としては、海南省のいわゆる"三沙市"の、三沙市海洋漁業局(三沙市総合執法局)が管理運用している2500トン級「三沙市総合執法1号」は、もと「海警3210(もと渔政310)」。
これは「海警局」でも「海監」でも「辺防海警」でもない市級の一自治体が管理運用している警備船だ(来歴と関連報道から「漁政」の色合いが強い)。
中国共産党・習近平体制が、海洋強国を目指して中央集権的に運用しようとしても、4つの組織間での管轄や権益に関わる軋轢はあるし、地方組織まであまねく浸透させるには時間がかかる。
海事組織の構成員にしても、安定した公務員が良いが、軍隊や武警は嫌なので海監や海巡など"非軍事"の海事組織で仕事をしてきた、という人もいるだろう。漁政、漁協や漁民達は、中共が飼い馴らそうとしても大変だろうと感じている
中国メディアの報道や、当局の発表の表現も変わってきている。
少し前まで「中国海警局の公船は非武装であり・・・」なんてことを、臆面もなく書いているものも多々あった。近頃はさすがに見かけない。
現在進行形で変わりつつある組織なので、日本メディアの何事も単純化しすぎるきらいのある報道や表現を見かけても、すぐに鵜呑みにはしない方が良さそうだ。
日本の公的機関に属する人の書いたもののうち、ネット公開されている資料としては、これらが詳しい。
防衛駐在官の見た中国(その15) -国家海洋局と中国海警局-(コラム059) | 海上自衛隊幹部学校(2015/02/25)
防衛駐在官の見た中国(その22) -中国海警は第2の中国海軍-(コラム071)| 海上自衛隊幹部学校(2015/09/18)
中国海上法執行機関の動向について-中国海警局発足後の海警事情を中心として--海上保安大学校(2015-04-11|海保大研究報告 第59巻)
中国海上法執行機関の動向についてー中国海警局発足後の海警事情を中心として(その2)--海上保安大学校(2015-11-06|海保大研究報告 第60巻)
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