インド洋のアフリカに近い島国モーリシャスで、ばら積み貨物船「MV WAKASHIO」が、7月25日夜(現地時間)にサンゴ裾礁で座礁した。その後、8月6日に燃料の重油が大量に流出していることが確認された。
9月7日、ばら積み貨物船「WAKASHIO」の船籍国であるパナマの海事庁(AMP)が、これまでの調査の結果を明らかにした。それを読むと、座礁に到った原因には複数の要因があったことが分かる。
日本語ネットSNSのコメントを見ると、次の2つが混同されがちのようだ。整理もしてみよう。
1.座礁する約5日前の針路の変更は、なぜ行われたのか?
2.座礁するまで、なぜ速度を落とすなど回避行動をしなかったのか?
現地メディアの報道を見ていると、海事関係者の話として、もしも仮に携帯端末(スマホなど)で電話やネット接続をしようとしたとしても「座礁するほど島へ近付く必要は無い」という声を見かける。
当アカウントの中の人もとても疑問に感じている。座礁するほど近付く必要は無い。
パナマ海事庁(AMP)による報告の中で、「WAKASHIO」船長は乗組員の誕生日に家族と話が出来るように考えてモーリシャス島から5マイル(約8km)を航行するよう指示を出した事が書かれるとともに、「WAKASHIO」の電子海図の間違いも示唆されている。
(注:日本メディアの報道と食い違っている事を指摘しています。詳細は後述)
この”電子海図の間違い”という情報について、モーリシャスのメディアや、英語圏の海事ニュースサイトが報じている。
さらに、モーリシャスの地元メディア Le Mauricien紙は9月13日付の記事で、ばら積み貨物船「WAKASHIO」の用船主である商船三井のCEO(代表取締役社長 池田潤一郎)が「船は間違った海図を使用していた」と述べたと報道した。
週末、Mitsui OSK Lines(商船三井)のCEOは記者会見で、海上航行の分野におけるこの重大な違反の責任を完全に引き受けました。彼は、「パナマ海事局の報告書で概説されているように、船は間違った海図を使用していた」と確認した。
(Google訳(括弧部分を補足))En fin de semaine, le CEO de Mitsui OSK Lines, intervenant lors d’un point de presse, assumait entièrement la responsabilité de ce manquement grave dans le domaine de la navigation maritime. Il a confirmé que “the ship was using the wrong nautical charts just as outlined in the Panama Maritime Authority report.” (赤字強調は管理人による)
NAUFRAGE DU WAKASHIO — REBONDISSEMENTS : Vagues et écueils pour la 12e semaine - Le Mauricien (2020/09/13)
この、商船三井CEOの発言を伝えたのは、いまのところ(記事公開時点) Le Mauricien紙だけだし、本文はフランス語で発言の引用部分は英語なので、どこかの翻訳間違いや、記者の期待感からの勘違いの可能性を否定はできない。(日本メディアの記事でもときどき目にするはなしだ。😑)続報待ち。
(追記:他メディアがまったく報じていないので、商船三井CEOの発言という部分はLe Mauricien紙の誤報あるいは勘違いと考えられる)
しかし、パナマ海事庁(AMP)が発表した報告の中の”電子海図の間違い”という部分は、日本語メディアの記事では見かけない情報だ。
NHKは「電子化された海図などの扱い方に問題があり」という表現を使っている。
モーリシャス事故 電子海図の扱い方に問題か パナマ海運当局 | NHKニュース (2020年9月11日)
日本テレビ等の記事では、乗組員による航行の安全監視が不十分だった部分と合わせて、船長ら乗組員が何らかの理由で「正しい電子海図を見間違えた」とも受け取れる報道がされている。
モーリシャス沖で座礁 海図見間違えたか?|日テレNEWS24(2020年9月11日)
違和感を感じている。ので、コレについて少し。
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Delegacion panameña de expertos en accidentes marítimos, asiste en investigaciones sobre el accidente de la embarcacion 'Wakashio', en Isla Mauricio. #DeFrenteAlMar pic.twitter.com/DRtJmKWJeS
— Autoridad Marítima de Panamá (@AMP_Panama) 2020年9月8日
パナマ海事庁(Autoridad Marítima de Panamá(AMP))の発表。
(Forbesより)
ばら積み貨物船「WAKASHIO」は、シンガポールからブラジルへと向かって航行する途中だった。
船舶自動識別装置(AIS)のデータから、座礁の約4日前の7月20・21日に島へと近付く方向へと針路を変更している。そのまま進んで座礁する約2日前に通常航路をはずれ、モーリシャスのEEZ(排他的経済水域)に入った。
モーリシャス島へぶつかるような航路について、Forbes紙、NHKや日本経済新聞などが伝えている。
モーリシャス島、貨物船「WAKASHIO」 座礁するまでの航路と、座礁した後【地図・海図】 - pelicanmemo (2020-08-19)
1.座礁する約4日前の針路の変更は、なぜ行われたのか?
モーリシャス島近くを通過する日が乗組員(第四機関士)の誕生日であり、誕生日パーティが行われたそうだ。パーティ自体は別に批判されるような事では無い。ただ、その時に携帯端末を使って家族と話が出来るように、約4日前(座礁の4日前)に船長はモーリシャス島の海岸から5マイル(約8km)(*)の距離を通る航路を指示したのではないだろうか?
(*)報道ベースの情報なので、"5 miles"の部分は実は "5 nautical miles" (5海里(約9.26km))の可能性もある。
モーリシャス島の3GやLTE回線の電波を捕まえようと考えたのだと思う。一等航海士がモーリシャスでも使えるSIMを持っていたらしい。
(日本メディアなで報道されている”Wi-Fiを...”という話は、そもそもWi-Fiの電波は届かないので論外だと思う。(船員が話したという”Wi-Fi”という単語が実は”ネット回線”の意味で使われたのかもしれない)外国語表現あるある)
新型コロナウイルスが流行する世界の状況下で、特に外航船の船員たちが被っている、上陸が難しかったり家族との連絡がままならない等の苦境や不満はいろいろと(多くはないが)報道されている。
Hasta donde las evidencias lo demuestran, se ha podido conocer, por declaraciones de la misma tripulación, que el cambio de rumbo se produce por indicaciones del capitán de la embarcación, quien dio instrucciones de acercarse a unas 5 millas de distancia de la costa de Isla Mauricio, buscando señal telefónica y de Internet, para que los tripulantes pudieran comunicarse con sus familiares.
パナマ海事庁(AMP)の報告書 Autoridad Maritima De Panama
(赤字強調は管理人による)
(ロイターより)(赤字・赤矢印等は管理人による)
2.座礁するまで、なぜ速度を落とすなど回避行動をしなかったのか?
ここがずっと抱いている疑問点だ。
船長らによるヒューマン・エラーとだけみるのは違和感が強い。
船舶自動識別装置(AIS)のデータから、まっすぐに島へと向かう、衝突するコースを進んでいたことが分かる。
モーリシャス国家沿岸警備隊(NCG)から、接近する「WAKASHIO」に対する注意の無線連絡が行われた。それに対して船長は「無害通航だ」と返答したと発表されている。そして、すこしだけ針路を修正したが、結局、座礁をした。
電子海図が間違っていたため、船長たちは適切な判断ができず、ずっとモーリシャス島の沖8kmを通過するだけだと思い込んでいて、まさか島へとまっすぐに向かっているとは思っていなかったのではないだろうか?
国家沿岸警備隊(NCG)からの無線連絡に対して、針路をすこし修正すればそれで問題はないと思い込んでいたのではないだろうか?
さらには、座礁した当日に誕生日パーティが行われており注意力が散漫になっていたため、航行の安全のための監視行動が普段よりも疎かになっていたのかもしれない。
パナマ海事庁(AMP)の報告では、次のようになっている。
ブリッジには(船の)問題を評価するのに充分な経験を持つ人々がいた。電子海図の間違いを検証することも出来た、ゆえに間違った海図を間違ったスケールで使用していたようであり、海岸と浅瀬への接近を適切に検証する事を妨げた、と研究者たちは予備報告に追加した。
En el puente de navegación se encontraban personas con experiencia suficiente en cuanto a evaluación del problema se refiere. También se pudo constatar una apreciación errada de la Carta Náutica Electrónica, pues parece ser que se estaba utilizando la carta errada y con la escala equivocada, lo cual impidió verificar apropiadamente el acercamiento a la costa y a aguas menos profundas, añaden los investigadores en su informe preliminar.
パナマ海事庁(AMP) Autoridad Maritima De Panama (赤字強調は管理人による)
(注)当ブログ管理人による訳です。日本メディアの報道とは食い違いがあります。
第2文は、"También se pudo constatar ..."から始まっていて、その文脈からも、日本メディアが報道しているような「ブリッジには充分な経験をもつ人々がいた、”〜にもかかわらず”、(正しい)電子海図とスケールを読み間違えた」といった日本語訳とはしなかった。
NHKの記事では次のような表現となっている。
そのうえで、今の段階で考えられる事故の原因について、
▽電子化された海図などの扱い方に問題があり、当時、貨物船が浅瀬に接近していることを適切に把握できなかったこと、NHKニュース(赤字強調は管理人による)
海事ニュースサイト”Seatrade Maritime News"の記事では、パナマ海事庁(AMP)の発言として、船には適切な海図が搭載されておらず、実際には間違った海図が使用されスケールも間違っていたとあり、AMPが古い海図の使用も非難していると伝えている。
The AMP also blames the use of outdated charts as it was evident the “erroneous appreciation, with respect to the use of the Electronic Nautical Chart since it seems that the vessel did not have the appropriate chart onboard, actually wrong chart was used and with the wrong scale as well. Therefore, the OOW that did not allow to verify assess properly the approach to the coast and the less deep waters.”
Panama blames poor seamanship and outdated charts in Wakashio accident | Seatrade Maritime
"SAFETY4SEA"の記事では、間違った海図を間違ったスケールで見ていた、となっている。
On the navigation bridge there were people with enough experience in assessing the problem. An erroneous assessment of the Electronic Nautical Chart could also be verified, since it seems that the wrong chart was being used and with the wrong scale, which made it impossible to properly verify the approach to the coast and shallower waters, the researchers add in their report preliminary
Wrong charts contributed to Wakashio accident, says Panama - SAFETY4SEA
(注:この2つのサイトの記事はモーリシャス紙 lexpressの9月11日付の記事で紹介していたもののうち2つ)
その上で、モーリシャス島の海岸に近付いていたのにも関わらず、速度を落とすなど適切な回避行動が行われなかったのは、航法装置の管理とモニタリングの欠如があり、航行安全監視での注意力の散漫や「自信過剰」が、座礁を引き起こした可能性があると指摘されている。
(…と当アカウントは訳して、解釈をした。)
La falta de supervisión y monitoreo de los equipos de navegación, la distracción generada cuando el oficial de guardia pierde totalmente el rumbo de la navegación y un «exceso de confianza» durante la guardia, se señalan entre las causas que pudieron provocar el encallamiento y hundimiento parcial del buque en un arrecife coralino en aguas de Isla Mauricio.
パナマ海事庁(AMP) Autoridad Maritima De Panama(赤字強調は管理人による)
NHKの記事の表現はこちら。ざっくりと書いている。
▽乗組員の運航状況の監視が不十分だったことなどが考えられると指摘しています。
NHKニュース(赤字強調は管理人による)
パナマ海事庁(AMP)は、公判前で拘留中である「WAKASHIO」の船長と一等航海士との面談を待っており、航海データ記録装置(VDR)(船舶版”ブラックボックス”)とその他の重要な船舶の航行データへのアクセスを要求している。現段階での調査はモーリシャス共和国の警察の管理下にある。
続報を待ちたい。
逮捕され拘留されている船長と副船長(一等航海士)は、モーリシャスの裁判所の判断次第で、60年の禁固刑が科せられる可能性もある。
商船三井は9月11日(日本時間)、東京都内で記者会見を開き、池田潤一郎社長が「関係される皆様に改めておわび申し上げる」と陳謝。現地の関係機関と連携し、マングローブやサンゴの環境保護や被害からの回復に努めると説明した。
モーリシャスのマングローブ林の保全や植林、サンゴ礁の回復、海鳥の保護などの財源として「モーリシャス自然環境回復基金」(仮称)、10億円規模の拠出を行うことを発表した。
商船三井、モーリシャス支援に10億円 基金設立 :日本経済新聞
WAKASHIO号事故に関するモーリシャスの環境回復・地域貢献に向けた当社の取り組みについて ~モーリシャスと共に~ - 商船三井(2020年09月11日)
違和感を感じている。
以下、関連記事リンクと一部引用。
週末、Mitsui OSK Lines(商船三井)のCEOは記者会見で、海上航行の分野におけるこの重大な違反の責任を完全に引き受けました。彼は、「パナマ海事局の報告書で概説されているように、船は間違った海図を使用していた」と確認した。
(Google訳。一部補足(イタリック体部分))En fin de semaine, le CEO de Mitsui OSK Lines, intervenant lors d’un point de presse, assumait entièrement la responsabilité de ce manquement grave dans le domaine de la navigation maritime. Il a confirmé que “the ship was using the wrong nautical charts just as outlined in the Panama Maritime Authority report.”
NAUFRAGE DU WAKASHIO — REBONDISSEMENTS : Vagues et écueils pour la 12e semaine - Le Mauricien
パナマ海事庁(Autoridad Marítima de Panamá(AMP))の発表。
Hasta donde las evidencias lo demuestran, se ha podido conocer, por declaraciones de la misma tripulación, que el cambio de rumbo se produce por indicaciones del capitán de la embarcación, quien dio instrucciones de acercarse a unas 5 millas de distancia de la costa de Isla Mauricio, buscando señal telefónica y de Internet, para que los tripulantes pudieran comunicarse con sus familiares.
(中略)
En el puente de navegación se encontraban personas con experiencia suficiente en cuanto a evaluación del problema se refiere. También se pudo constatar una apreciación errada de la Carta Náutica Electrónica, pues parece ser que se estaba utilizando la carta errada y con la escala equivocada, lo cual impidió verificar apropiadamente el acercamiento a la costa y a aguas menos profundas, añaden los investigadores en su informe preliminar.
NHKの報道。日本メディアの記事の中では一番適切な表現を使っていると感じた。
貨物船の船籍があるパナマの海運当局は今月7日、これまでの調査の結果を明らかにしました。
それによりますと、貨物船は逮捕された船長の指示で針路が陸地寄りに変更され、その理由として乗組員がモーリシャスのインターネットに接続するためだった可能性があると分析しています。
そのうえで、今の段階で考えられる事故の原因について、
▽電子化された海図などの扱い方に問題があり、当時、貨物船が浅瀬に接近していることを適切に把握できなかったこと、
▽乗組員の運航状況の監視が不十分だったことなどが考えられると指摘しています。パナマの海運当局は今後、事故原因の究明に向けて、船長からの事情聴取や航行データの解析などを進めていく方針です。
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