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海外の話が多め。近頃は中国が多め(中国海警局・中国海監、深海潜水艇、感染症など)。

チェルノブイリ原発の外部電力が遮断、その時、ベラルーシから電力を供給? ←プロパガンダの情報工作です。

20220319163013(チェルノブイリ原子力発電所。銀色の大きな屋根が「石棺」(GoogleEarthより))

ロシア軍の侵攻によって、ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所(Чорнобильська АЕС)(*1)への外部電力が喪失する事態が起こりました。原因は、高圧送電線3本のうち2本がロシア軍の侵攻初期に使えなくなり、残っていた1本もロシア軍の攻撃によって送電が出来なくなったと発表されています。

使用済み核燃料プールの冷却が出来なくなると心配されていましたが、非常用ディーゼル発電機で凌ぎ、現在はウクライナの電力会社による送電網の修復作業によって原発への外部電力の供給は行われています(記事投稿時点)

(*1)ウクライナ語では「チョルノーブィリ」と発音します。ここでは見慣れている「チェルノブイリ原発」の表記を使います。

チェルノブイリ原発の電力遮断、データ送信は途絶える…IAEA「安全性への致命的影響ない」 : 読売新聞オンライン (2022/03/10)

 

この原発への外部電力の遮断の翌日に、ベラルーシからチェルノブイリ原発への電力の供給が再開されたというロシアのエネルギー省発のニュースが流れていました。

チェルノブイリ原発 ベラルーシが電力の供給再開か - 日本テレビ (2022年3月10日 23:49) 

これを信じたり、信じたかった人もいたと思いますが・・・、それはロシア側のプロパガンダです。

ベラルーシのルカシェンコ大統領は、3月19日に放送されるTBS「報道特集」での単独インタビューでも、未だに「ベラルーシがチェルノブイリ原発に電力を供給をした」と言っています。自分の功績と正当性とをアピールしたいだけでしょう。

また、ルカシェンコ大統領はロシアが占拠したチェルノブイリ原発にベラルーシが電源を供給したとして、「プーチン大統領から『使用済み核燃料を冷却できないと、ヨーロッパが危機に晒される』と電話で要請された」などと述べました。

【独自】ベラルーシ大統領「提案に応じなければ“降伏文書”に署名することに」とウクライナ側けん制|TBS NEWS (2022/03/18)

 

ベラルーシのエネルギー省の公式発表では、チェルノブイリ原子力発電所へ繋がっている送電網に電力を供給するための準備作業までしか行っていません。「これにより、原発に電力を供給する可能性を提供できる」と発表しています。

あくまでも”可能性”の話なんですよね。

それをルカシェンコ大統領が「供給した!」と発表してしまった。

ウクライナ側は、ベラルーシからチェルノブイリ原発へ電力供給する提案を拒否しました。その後、ウクライナによる送電網の修復で原発へ電力供給が再開した後まで、ベラルーシのエネルギー省から関連した発表はありませんでした。

 

当ブログ管理人は、ロシア軍侵攻の直後からチェルノブイリ原発と立入禁止区域の状況や放射線量、関係する報道を日本や欧米メディアだけではなく、ウクライナ側だけでもなくロシアやベラルーシの公式発表や現地報道もチェックしていて、ほぼ毎日、最新情報をツイートをしてきました。この件についてのまとめを少し。

次のツイートは、3月9日の外部電源の喪失時のもの。

 

・チェルノブイリ原発の外部電力が喪失。(3月9日)
 ウクライナの電力会社NPC Ukrenergoは「ロシア軍の軍事行動によって、チェルノブイリ原発は電力ネットワークから完全に切り離された」と発表しました。

⚡BECAUSE OF MILITARY ACTIONS OF RUSSIAN OCCUPIERS  NUCLEAR POWER PLANT IN CHORNOBYL WAS FULLY DISCONNECTED FROM THE POWER GRID. NUCLEAR STATION HAS NO POWER SUPPLY. The military actions are in progress, so there is no possibility to restore the lines. Slavutych city is also out of power supply.

NPC Ukrenergo - Facebook
(*2)原文ママ。ウクライナの関連の発表では、ウクライナ語と英語の両方が使われる場合が多々あります。

 

世界中にチェルノブイリ原発の外部からの電力喪失のニュースがかけめぐりました。

(*)当ブログ記事の中で参照している"Telegram"はロシア発のソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)。ロシア版のツイッターやLINEのようなものです。

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20220319162958

ここで、チェルノブイリ原子力発電所の施設に送受電している高圧送電線網を見てみましょう。

Open Infrastructure Map画面のスナップショット画像に、当ブログ管理人が簡単な説明を書き込んでいます。赤い点線は、ウクライナとベラルーシの国境線です。

 

原発施設には750kV送電線1系統と330kV送電線2系統が接続されています。

原発施設から西に伸びた330kV送電線は、北側のベラルーシへ通じる1ラインと南のウクライナ国内へ通じるラインがあります。ベラルーシと、ロシアはこの330kVで送電したと主張しています。

IAEA(国際原子力機関)がチェルノブイリ原発への電力が再開されたと確認して発表をしたのは、東側に伸びているウクライナのスラブチッチ(スラヴィティチ)市を経由して接続している330kV送電線です。

 

 

20220319164918ロイターより)

・3月10日、ベラルーシのルカシェンコ大統領はチェルノブイリ原発の電源確保を指示しました。ロシアのプーチン大統領からの要請によるものだそうです。

ベラルーシ大統領、チェルノブイリ原発の電源確保を指示=通信社 | ロイター (2022年3月10日 18:05)

 

 

ロシアのエネルギー省が「ベラルーシがチェルノブイリ原発への電力の供給が再開」と発表をし、それを日本を含むマスメディアが報道したので、この情報が独り歩きしていました。(3月10日)

ロイター通信は10日、ロシアエネルギー省の話として、ベラルーシがチェルノブイリ原発への電力の供給を再開したと発表したと伝えました。

電力がないと使用済み核燃料が冷却できず放射性物質が外に放出される恐れもありましたが、ロシア側の発表では、供給が再開されたということです。

チェルノブイリ原発 ベラルーシが電力の供給再開か - 日本テレビ (2022年3月10日 23:49) 

 

・実際には、ウクライナ側は自分たちで送電網の修復が可能だとして、ベラルーシからの電力供給の支援を必要としないと発表しています。

NPC Ukrenergo - Facebook (3月10日)

 

IAEAのグロッシー事務局長は、3月10日のウクライナ情勢レポート(Update 17)で、ロシアが伝えたその報道は認識しているが確認が必要だと述べています。

The Director General said that the Agency is aware of reports that power has now been restored to the site and is looking for confirmation.

Update 17 – IAEA Director General Statement on Situation in Ukraine | IAEA (2022/03/10)

ベラルーシは国際原子力機関(IAEA)に創設時の1957年から加盟しています。2020年には同国初の原子力発電所も稼働しました。もしベラルーシ原子力規制当局を介してIAEAへと公式の報告があったなら、IAEAはそれを伝えるでしょう。そういう情報を見かけたことはありません。

 

 

ロシアは、ウクライナの電力会社に対して送電網の修理を許可したと言っています。ところが、その当事者である電力会社NPC Ukrenergoは、一度は修理作業の合意があったが現場での脅迫や威嚇射撃などで作業を妨害されて修理は出来なかったと報告しています。

NPC Ukrenergo - Facebook

ロシア「チェルノブイリの電力回復」、ウクライナに修理を許可 | ロイター (2022年3月11日)

 

 

・ウクライナの原子力発電公社エネルゴアトム(Енергоатом)は、ベラルーシエネルギー省のTelegram(Минэнерго Официальный)の発表はフェイクだと画像付きで発表しました。(3月10日)

Повідомлення від Міненерго Білорусі(ベラルーシ エネルギー省からのメッセージ)

Енергоатом 🇺🇦 - Telegram

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エネルゴアトムは、ロシア軍が占拠した原子力施設に関する発表や報道で、ロシアによるプロパガンダのために原子力施設での人道支援の様子や、ウクライナ側による攻撃や武器などのデマが撮影されて公開されることを、何度も注意喚起をしています。
その後実際に、そういう映像や報道が、ロシア・メディアによって撮影されて放送されています。

 

 

つまるところ、実際はどうだったか?というと、

・ベラルーシのエネルギー省の発表(Минэнерго Официальный)は、ルカシェンコ大統領による電源確保の指示を受けて、「ベラルーシからの高圧送電線(330kV)を使って電力供給する為の作業が行われた」「これで電力供給が可能となる」でした。(3月10日)

発表内容に沿った翻訳は次のようになります。

ベラルーシ国内の変電施設での準備作業だけだったのでしょう。

📍マズィル(Мозырь)ーチェルノブイリ原子力発電所の送電線に電圧が加えられました。

ルカシェンコ大統領の指示に従って、330kV変電所《マズィル(Мозырь)》とチェルノブイリ原子力発電所の送受電施設とを接続している高圧送電線に電圧を加える作業が行われました。

この作業によって、チェルノブイリ原子力発電所施設へ電力を供給する可能性を与えます。

原文はこちら。

Минэнерго Официальный
📍Поставлена под напряжение линия электропередачи Мозырь- Чернобыльская АЭС

В соответствии с поручением Главы государства проведены работы по подаче напряжения по высоковольтной линии электропередачи, связывающей подстанцию 330 кВ «Мозырь» и электросетевые объекты Чернобыльской АЭС. 

Выполненные работы обеспечивают возможность подачи электроэнергии на объекты ЧАЭС.

Минэнерго Официальный - Telegram

最後の一文がとても重要で、Google翻訳で英語訳をすると「The work performed provides the possibility of supplying electricity to the Chernobyl facilities.」となります。

あくまでも”可能性”の話なんですよね。

 

ロシア系メディアであるスプートニクのベラルーシ版は、このエネルギー省の発表を紹介した上で次のように締め括っています。

彼らは、電気がまだ供給されていないことを明らかにした。

Там уточнили, что электричество пока не поставлялось.

Белорусы обеспечили возможность подачи электричества на ЧАЭС - 10.03.2022, Sputnik Беларусь

 

IAEAの3月13日のウクライナ情勢レポート(Update 19)では、ロシアの国営原子力公社ロスアトムのリハチョフ総裁は、13日に行われたグロッシー事務局長との電話会談で「チェルノブイリ原子力発電所に電力を供給するために、近くのベラルーシから送電線を延長することができる」と述べたと書かれています。ロシアの原子力規制当局も、3月13日までに送電線からの電力供給が無いことを知っていました。

Update 19 – IAEA Director General Statement on Situation in Ukraine | IAEA

 

 

ところが、それを、ベラルーシのルカシェンコ大統領が「チェルノブイリ原発へ電力を供給をした!」と断定的に発表してしまった。

 

 

おもしろいことに、このベラルーシ エネルギー省のTelegramは、3月10日のこの発表の後、ウクライナの電力会社による送電線の修復作業で、チェルノブイリ原発への外部からの電力供給の再開が確認される3月16日までまったく記事を投稿していません。

Минэнерго Официальный – Telegram

20220319165417

Google翻訳を使った日本語訳(直訳)はこちら。

20220319165414

3月10日はこれこれ。3月16日はこれ。記事番号から3つが連続していると分かります。

 

 

・3月11日、燃料が48時間分しかないと心配されていた非常用ディーゼル発電機の、追加の燃料がチェルノブイリ原発へ供給されました。

Update 19 – IAEA Director General Statement on Situation in Ukraine | IAEA

ウクライナ国家原子力規制監督局(SNRIU) の発表によると、追加燃料は、チェルノブイリ原発から東へ約20km(直線距離)にあるスラブチッチ(スラヴィティチ)市から送られたようです。

ロシア軍によって占拠されている北部地域のど真ん中なので、IAEAによる調整と双方の合意によって燃料輸送をロシア側も認めたのでしょう。ドニエプル川の上流にある湿地がほとんどなので、軍事作戦行動が盛んな地域ではないでしょうし。

 

スラブチッチ(ロシア語:スラヴィティチ)(Славутич)市は、チェルノブイリ原子力発電所の事故の後に、避難民や原発職員・家族の居住地として建設されました。多くの住人が、原発や立入禁止区域の企業で働いています。

スラブチッチ - WikipediaСлавутич — Вікіпедія(Wikipediaウクライナ語)

 

 

・3月13日、ウクライナの電力会社NPC Ukrenergoによって、スラブチッチ(スラヴィティチ)市とチェルノブイリ原発との間の330kV送電線が修復され、原発への電力供給が再開しました。

Ukraine says power has been restored to Chernobyl power station | Reuters (March 14, 2022)

 

ところが翌日、ロシア軍の攻撃によってそのスラブチッチ市との間の送電線が被害を受けて、原発への電力供給が再びストップ。😡

NPC Ukrenergo - Facebook

 

3月15日に復旧。IAEAも、チェルノブイリ原発への外部からの電力供給の再開を発表しました。

Update 21 – IAEA Director General Statement on Situation in Ukraine | IAEA

チェルノブイリ原発の電力復旧=ウクライナ当局 | ロイター

 

この後、外部電力の遮断のニュースは見かけていません(記事投稿時点)。

 

ところで、ベラルーシのエネルギー省のTelegram(Минэнерго Официальный)は、3月16日のTelegramの公式チャンネルで、チェルノブイリ原発への外部からの電力供給が再開したことを伝えました。

そこでは、ウクライナが送電線を修復したことについては触れず「原発への電力はベラルーシのエネルギー・システムから供給されている」と書いているんですよね。

📌Электроснабжение ЧАЭС полностью восстановлено. В настоящее время подача электроэнергии на объекты станции обеспечивается от белорусской энергосистемы.

(Google翻訳)
📌チェルノブイリ原子力発電所の電力供給は完全に復旧しました。 現在、プラント設備への電力供給はベラルーシのエネルギーシステムから供給されています。

Минэнерго Официальный - Telegram (2022/3/16)

 

笑いのツボは「ベラルーシの電力システムから供給」というとこ。🤣

ウクライナのスラブチッチ(スラヴィティチ)市とチェルノブイリ原発との間の330kV送電線は、ベラルーシの領土を一部通過しているので、この発表を100%間違っているとは言えない。だって、ベラルーシ国内の電力システムも使っているんだもん…

たとえ99%間違いでも、1%の都合のいい部分だけを抜き出して発表をするプロパガンダあるあるでした。

 

ロシア・メディアが報道しているプロパガンダでは、チェルノブイリ原発への送電線を破壊したのはウクライナ軍であり、使用済み核燃料プールを冷却するための非常用ディーゼル発電機はロシアの専門家によって動かされたことになっています。

国際原子力機関(IAEA)からの公式発表の中にそのような記述はありません。

 

もちろんウクライナ側の発表にもプロパガンダもあるでしょう。双方の国家が発表している「一次情報」が食い違っているからメンドクサイ。

 

ベラルーシのエネルギー省の公式発表という一次情報だからと「チェルノブイリ原発へはベラルーシからの送電線により電力供給されている」と信じたい人は、それを信じていればいいんじゃないでしょうか。

もしかしたら国際原子力機関(IAEA)は、ロシアが主張するところの「欧米諸国の嘘」を信じ切って歪んだ発表をしているのかもしれませんしね、陰謀論って楽しいですよね。🙂

 

 

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チェルノブイリ原子力発電所 - Wikipedia