ネットSNSのX(Twitter)で「世界のダイコン生産量の9割は日本だった」というポストと、そこから派生したコメントが話題です。
すでに多くのアカウントが調べられていますし、発端となったXのポストにはコミュニティ・ノートが付けられています。あまり断定した書き方はされていないようなので、これについて少し。
まず結論。
「世界のダイコン生産量の9割は日本」の元ネタの「ダイコン」は、「アブラナ科ダイコン属のダイコン(学名:Raphanus sativus L.)」という広義ではなく、「日本で生産されてきた栽培品種のダイコン」を示しています。
現在、日本で栽培されている「ダイコン」は、青首種の大根(青首だいこん)が作付面積の9割以上(資料によっては98%)で圧倒的に多く、他の栽培品種の”ご当地だいこん”、練馬大根や三浦大根、聖護院大根、桜島大根、等々々々、とても多くあります。これらのことです。
農林水産省による野菜の区分では、「大根(だいこん、ダイコン)」は「根菜類」(*1)に分類されます。
(*1)根菜類:だいこん、にんじん、ジャガイモ、サトイモ、かぶ、ごぼう、れんこん、やまいも 等
政府統計から、農林水産省の令和4年度(2022年度)食料需給表 によると、「根菜類」の国内生産量2,440,000トン、輸入量 537,000トン、輸出量 8,000トン。在庫の増減量 0トンで、国内消費仕向量(*2) 2,969,000トンです。
(*2)「国内消費仕向量」とは、1年間に国内で消費に回された食料の量(国内市場に出回った食料の量)
根菜類の輸出量は、日本の国内生産量の約0.33%でした。根菜類の輸出はやまいもが多く、輸入はにんじんが多いようです。
農林水産物輸出入情報・概況によると、令和4年度(2022年度)に「 野菜・その調製品」の「野菜(生鮮・冷蔵)」のうちの「だいこん・ごぼう等」の輸出量は約618トン(617,997kg)・金額は約2億3500万円でした。
農林水産物輸出入概況(令和4年)(pdf)
発端となったポストとアカウントを晒すつもりはありません。Google検索をして上位に出てきた検索結果や、”AI による概要”や生成AIの回答をそのまま鵜呑みにして、気軽に書いたのかもしれません。
ところが、それを見たX(Twitter)のアカウントが頭から信じてしまったか、「日本すごい」ムーブを書きたかったのでしょうか? インフルエンサーが、元となった資料を探してきて疑問を呈したことで、話題になり、トレンドになり、インプレゾンビも沸いていたようです。
日本で生産されている大根は白く、英語では"asian radish"、 "japanese radish"や、"daikon radish"や"daikon"も使われています。そこのところで、英語の Radish(ラディッシュ)や、他の国の栽培品種も含む広義のダイコン(学名:Raphanus sativus L.)とこんがらがってしまったのでしょう。
ちなみに、昨年(2023年)に「最も重い大根」としてギネス世界記録™に認定されたダイコンは、「Heaviest radish」(栽培ダイコン)のカテゴリーです(苦笑)
(万田発酵)(Heaviest radish | Guinness World Records)
どのカテゴリーで話されているのかは大事です。
では、元資料ではどのような書き方になっていて、なぜ今回の勘違いにつながったのか?
X(Twitter)で多く見かけたコメントの中には、韓国の大根キムチ(カクテキ、カクテギ)(韓国語の깍두기(カクドゥギ)から)がありました。JSF @rockfish31 さんのポストによると、2009年の韓国のダイコン年間生産126万トンだそう。韓国の農村振興庁の野菜生産基本統計を調べると2023年には119.1万トンだった。日本の国内生産量の半分くらいですね。
また、中国やインドで栽培されている品種のダイコン(Raphanus sativus L.)は、日本の品種よりも高温環境での栽培に適しているそうだ(そりゃ、そうだ)。
韓国の大根キムチに使われている大根(韓国語で大根は무 (ムー))は、在来品種の朝鮮大根(조선 무)が主です。
日本国内で多く栽培されている青首大根とは、すこし違ったかたちをしています。日本のダイコンよりも水分が多くて辛みが強いので、チゲ(鍋)やスープ料理に適しているそうです。
(朝鮮大根(조선 무) 작은농부より)
また夏場には、輸入した日本大根(왜 무)が大根キムチ作りに使われることもあるようです(白首大根らしい。北海道産?)(漬物向きでない青首大根を、わざわざキムチ用に輸出はしないよなあ))
(日本大根)왜무 - 위키백과, 우리 모두의 백과사전(wikipedia 韓国語版)
먹는 무의 역사와 효능, 조선무와 일본무(왜무) - 작은농부(食用大根の歴史と効能、朝鮮大根と日本大根(倭大根))
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X(Twitter)などネットSNSで多くの人が指摘しコミュニティノートにも書かれているように、「世界のダイコン生産量・消費量 のおよそ90%を日本が占め」のもととなる資料は、恵泉女学園大学の園芸文化研究所による「研究所報告「園芸文化」第1号」に掲載された「恵泉 野菜の文化史(1):ダイコン」でしょう。
発行は20年前、2004年。
著者は、恵泉女学園大学 園芸文化研究所 の藤田智(フジタ サトシ)客員教授。専門分野は野菜園芸学、農業教育学、育種学。
藤田智氏のホームページによると、NHK「趣味の園芸・やさいの時間」に出演しており、「これで失敗しない家庭菜園Q&A」「野菜はすごい!」など野菜栽培に関する著書は130冊を越えているそうです。あちこちの園芸サイトで監修もされています。
「研究所報告「園芸文化」第1号」の「野菜の文化史(1) ダイコン」をよく読んでみると、そこで使われている「ダイコン」は、広義のアブラナ科ダイコン属のダイコン(学名:Raphanus sativus L.)ではなく、一貫して、日本で生産されてきたダイコンとその品種を取り上げていることが分かります。
ネット検索やAI検索で調べて”つまみ食い”をしただけでは、全体像が見えにくく、料理や食材の素晴らしさが分からない良い例かもしれません。🙂
研究所報告「園芸文化」第1号| 研究所報告「園芸文化」| 園芸文化研究所| 恵泉女学園大学
(pdf, https://www.keisen.ac.jp/extension/research/gardening/pdf/e1_fujita.pdf)
2. ダイコンは、いつ、どこから日本に渡来したか?
「日本が世界に誇る植物は何か」と問われれば、私は即座に「ダイコン」と「ウンシュウミカン (温州みかん)」 と答えることにしている。その理由は「他に例を見ないダイコン品種の形態変異の見事さ」と「柑橘の中で、唯一、手で簡単に皮を剥くことのできるウンシュウミカンの素晴らしさ」である。1956年に日本で開催された国際遺伝学会で、小さなハツカダイコンから長さ120cmを超える「守口大根」(図15)、重さ20kgの「桜島大根」まで、わが国のダイコン品種が紹介され、出席した海外の学者が一様に驚いた逸話はあまりにも有名である。日本ほどダイコンを栽培し、利用している国は他に例がなく、世界のダイコン生産量・消費量 のおよそ90%を日本が占め、もちろん、日本の野菜の中では栽培面積、生産量共にトップを誇っている。
(赤字強調は管理人による)
(恵泉女学園大学 園芸文化研究所「研究所報告「園芸文化」第1号」、「恵泉 野菜の文化史(1):ダイコン」より)
第3項「ダイコンの品種と植物学的特徴」では、日本のダイコンの品種の多様性について詳しく書かれています。
3.ダイコンの品種と植物学的特徴
日本のダイコンの品種数は数百といわれ、各地域ごとの風土文化に適応した品種が栽培されている。前述の通り、日本のダイコン品種の多様性は驚くべきもので、一番小さな直後2cmのハツカダイコンから、直径7~8cmで長さ35cmの青首ダイコン、直径15cmの丸形の聖護院ダイコン、長さ60cmで重さが5~6kgになる三浦ダイコン、長さが120cm以上の世界最長の守口ダイコン、重さが20kgに達する桜島ダイコンまで、同一の種とは思えないほど変異の幅が大きい。しかし、いずれも学名はRaphanus sativus L.で、染色体数は2n=18と同一である。
(中略)
日本で、これほどまでにダイコン品種が分化したのは、江戸時代までに中国・朝鮮から次々に新しい品種が渡来し、日本の食文化(米文化)とあいまって次々に品種が育成されてきたためであるが、この品種分化には、ダイコンなどのアブラナ科植物の有する自家不和合性が大きく関与していると考えられる。
前述したように、「研究所報告「園芸文化」第1号」は2004年(平成16年)に発行されました。
念のため20年前の、2004年の食料需給表も調べてみると、「根菜類」の国内生産量3,072,000トン、輸入量 599,000トン、輸出量 3,000トン。在庫の増減量 0トンで、国内消費仕向量(*2) 3,668,000トン。輸出量は令和4年(2022年)よりもさらに少なく、国内生産量に対する輸出量の割合は約0.1%でした。
著者の藤田智氏がこれを知らないわけはありません。外国で生産されている品種の「ダイコン(Raphanus sativus L.)」を知らないわけもないでしょう。
恵泉女学園大学 園芸文化研究所で初めて発行される研究所報告「園芸文化」の第1号に載せるということで、肩の力がはいっていて、日本のダイコンの素晴らしさを熱く語ってしまったのかもしれませんね。🙂
近頃は、X(Twitter)などで著者ご本人が登場して「あれは、実は・・・」と公に書かれて驚かせることもあるご時世ですので、もしかしたら藤田智氏も何か書かれるかも😅
藤田智氏はあちこちの園芸関係のサイトで著者や監修として紹介されています。
ダイコンは日本人に最もなじみ深い根菜で、栽培の歴史も古く、全国各地にさまざまな地方品種があります。ちなみに生産量、消費量とも世界トップレベルです。
品種の多さ、生産量、消費量ともに、日本が世界のトップを誇る野菜、ダイコン。古くからなじみ深い野菜のひとつで、練馬、三浦、桜島、聖護院、守口といった、土地の名前を冠した品種があります。
生産量・消費量ともに、世界で日本がダントツ1位。日本国内でも、栽培面積、生産量ともに野菜の中でトップ。丸型の「聖護院ダイコン」、細長く長さが1mを超える「守口ダイコン」、世界最大種で15~20kgにもなる「桜島ダイコン」など、さまざまな地方品種が古くから知られています。地方固有の品種をつくってみるのも、家庭菜園ならではの楽しみ。
これらにも似た表現がありますが、いずれも日本で栽培されているダイコンと品種について書いており、これを読んで、野菜のラディッシュ(radish)や東アジアから東南アジア、南アジアでも生産されているダイコンも含む「広義のダイコン」を示していると勘違いする人はいないでしょう。
しかし、日本語ローカルでは正しく読まれるだろう情報でも、これらを生成AIが収集して数値化して他言語に置き換えて概略が作られ、さらに日本語に訳された場合には勘違いをされやすい文章になるのかもしれません。
藤田智教授は、研究所報告「園芸文化」第1号の「ダイコン」の終わりをこう締めくくっています。
秦野大根の例を待つまでもなく、京都の都大根、神奈川の鼠大根など歴史に名を留めているだけの品種が増えている。野菜の地方品種は、地域文化の所産であり、貴重な遺伝資源でもある。このシリーズを通して、地方品種の保存・維持、また消失品種の復活に向けた活動などについても順次報告してゆきたいと思う。
興味をもたれましたら、ご一読ください。
(報告書「園芸文化」は途中からAdobeFlashを使った電子書籍になったため、AdobeFlashのサポートが終わったことで読めなくなっているのが残念)
研究所報告「園芸文化」第1号| 研究所報告「園芸文化」| 園芸文化研究所| 研究機構| 研究所・公開講座| 恵泉女学園大学
研究所報告「園芸文化」|園芸文化研究所|研究機構|研究機構・公開講座| 恵泉女学園大学
『大根って世界ではどれくらい食べられているのだろう?』と調べてみたら、生産量・消費量ともに日本が世界で一番だった「世界的にはカブが標準」 - Togetter [トゥギャッター]
Japanese Radish | Research | The Tokyo Foundation for Policy Research
The under-explored vegetable: Daikon Radish | ASHLAND GARDEN CLUB
Sakurajima Radish: The World's Largest!
Heaviest radish | Guinness World Records
무 - 위키백과, 우리 모두의 백과사전 (무(大根) - wikipedia)
조선무 - 위키백과, 우리 모두의 백과사전 (朝鮮大根 - wikipedia)
野菜をめぐる情勢 令和6年5月 農林水産省 (pdf)
食料需給表 確報 令和4年度食料需給表 年度次 2022年度 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口
食料需給表 確報 平成16年度食料需給表 年度次 2004年度 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口
農林水産物輸出入統計 農林水産物品目別実績(輸入) 農林水産物品目別実績(輸入) 2 農産物(農産品) 政府統計の総合窓口
だいこんの生産・輸入等の動向に係る実態調査(その1)-2005年6月
食料自給率のお話(連載) |その3:野菜の自給率:農林水産省
Radish - Vegetable Directory - Watch Your Garden Grow - University of Illinois Extension (pdf)
'Tama Daikon' Radishes | Vegetable Varieties for Gardeners - Variety Details
Daikon global exports and top exporters 2024
Japanese radish (daikon) production volume of the agricultural sector in Japan from 2012 to 2021
だいこん 大根 産地 野菜 栄養 機能性 調理 - 独立行政法人農畜産業振興機構
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