『第四極 ー 中国「蛟竜」号深海挑戦記』(『第四极 — 中国“蛟龙号”挑战深海)』)、読了。2
前記事:『第四極』読了。 中国の水深7000m級有人深海潜水艇「蛟竜」号、研究開発・深海挑戦記。(1/2)
本書『第四極』は、中国が自主設計・自主統合開発した有人深海潜水艇の、計画と研究・開発、最初の潜水試験から、南シナ海での水深3000m、北東太平洋での水深5000m、そしてマリアナ海溝での水深7000mを越えた世界記録まで、10年間の深海への挑戦の日々を記したノンフィクションである。
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2009年8月17日、「向陽紅(向阳红)09」は、南シナ海のA1海区、水深50mの浅い海域にいた。7000m級有人深海潜水艇「蛟竜(和諧)」号 (*2)の、はじめての潜航試験だ。(*2) この時はまだ「和諧」号と呼ばれていたので「蛟竜(和諧)」号と記載する。)
潜航試験が始まり、「蛟竜(和諧)」号が水面に降ろされた。
「バラストタンクに注水せよ」
「了解」
満水になっても沈まない。おかしい。
「推進器を使って潜航を開始せよ。」
「了解」
しかし潜れない。はじめての潜航試験は中止された。
原因は重量と浮力との計算ミス。ケアレスミスだった。
科学・技術の研究・開発は、試行錯誤、トライ・アンド・エラーの繰り返しである。
中国の7000m級有人深海潜水艇「蛟竜(蛟龙)」号の試験航海での、故障やトラブルはそれなりに起きている(本書ではじめて知った故障やトラブルも沢山ある)。(起きないわけがない)
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中国の大手メディアは、成果を第一に報道して喧伝するのは当然として、大きなトラブルはそれなりに伝えている。また地方メディアのその時々の報道(全国メディアは転載しないか削られる)でも、何かしらのトラブルが起きていたことが伝えられてきた。
日本メディアは、「蛟竜」号や中国国産の4500m級有人深海潜水艇研究開発計画、1万m級深海探査計画"彩虹魚"の、中国の海洋科学技術開発について伝える事には、大して興味がないようだ。役に立つ面白い話がたくさんあるのに、
(日本も、「しんかい12000」・・・、次世代深海探査システムを研究開発するのなら、こういった中国など海外の話題を積極的に伝え、話題を増やして、社会の意識の熟成を図るべきだと思う。分かる人は分かってくれるのだろうが予算獲得には繋がりにくい。)
(央视网より)
水中データ通信のトラブルや液圧系統の故障が多いようだ。
大きなところでは、推進器の故障(漏水)や、劣化によるケーブルやコネクタでの漏水など、深海の高圧環境下での運用の難しさが分かる。蛟竜号の水中の勇姿を撮影しようとした母船の水中カメラマンが、潜航する時の水流に巻き込まれ、蛟竜号にぶつかって受信機を破損させたこともあった。
母船「向陽紅09」でも、インド洋での応用的試験航海の、通算100回目の潜航試験の時に船尾Aクレーンのモーターから突然に油が吹き出し、「蛟竜」号を船上に揚げられないトラブルが起こっている。
科学・技術の研究・開発、運用は、試行錯誤、トライ・アンド・エラーの繰り返しである。
最大のトラブルは、2011年7月29日、北太平洋ハワイ沖、マンガンノジュール鉱床海域で行われた5000m級潜航試験の第四次潜航の時の、"失踪"事件だろう。
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北東太平洋での5000m級潜航試験は、中国が自主設計・自主統合開発した有人深海潜水艇が世界レベルの性能を有することを証明しアピールする絶好の機会だ。新華社や新浪など中国メディアの記者やカメラが、母船「向陽紅09(向阳红09)」に同乗して現地海上レポートを送っていた。中央も注視している中、第二次潜航で水深5000mの大台を越えた。
そして第四次潜航がはじまる。
7月29日10時26分、「蛟竜」号が海面に降ろされた。順調に潜航し、13時28分に水深5184mに到達。
17時30分、海底での予定を終了し浮上していた頃、北京では、国家海洋局の指導部のほか、外交部、国家発展改革委員会(発改委)、財政部、国土資源部、中国科学院(中科院)、中船重工集団の責任者などが、水深5000m級潜航試験の成功と完了を祝うため集まって中継を見ていた。
その頃、現場の海上の天気は悪化して、大雨となり、風強く、波高く、「蛟竜」号が水面へ浮上したことを示す信号は確認出来ても、船体を見つけることが出来なかった。
母船「向陽紅09」指揮部の、劉峰(刘峰)海試団長は命令を下す。
「中継を一時中止。潜水艇と潜航員を安全に回収せよ。」
「母船の乗組員に命令を伝える。ブリッジと機関室を除く全ての乗組員は、随船記者も料理人も含めて上構一層、二層、三層の舷側へ出て、蛟竜号を探せ! ただし波が高く危険なため甲板へ出てはならない。」
母船「向陽紅09」は全ての照明と探照灯を点けて探すが、18時近くになっても見つからない。海上はすでに暗く、文字通りの大海の中の、一本の針を探すようなものだ。年若い女性記者たちは、唇を噛み、泣きそうな声を出して探していた。
その時、
「左舷70度、距離200m、目標発見!」
高感度カメラのモニターを見て探していた海試指揮部主任が叫んだ!
母船「向陽紅09」は舳先を変えて接近。ゴムボートでフロッグマン(蛙人、ダイバー)達が接近して蛟竜号に取り付く。荒れる海上でケーブルをつなぐ時にフロッグマン1人が大腿に大怪我をした。作業員に怪我人が出ている。揺動が激しい母船への回収作業でも、蛟竜号に被害も出た。それでも、蛟竜号の回収に成功し、潜航員3人は無事、船上に帰還した。
(この頃、当ブログ管理人も新浪網の報道や関係者の微博を頻繁にチェックしていて、何か大きなトラブルがあったことが感じられた。実際に何があったのかは、後の報道で分かり、本書で詳しく知った。(28日の第三次潜航でもなにかあったか?日付の間違い?)
高速鉄道の衝突・脱線事故(死者40人(公式発表))の直後のこと、少し運が悪かったら、高鉄事故と深海潜水艇事故が立て続けに起きていて、中国の科学・技術開発に少なからぬ影響を与えていたのかもしれない。
この"失踪"事件の失敗の経験から、蛟竜号に海上用の衛星測位システム(GPS)が装備されることとなった。
(via. 新华网)
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深度5000mの潜航試験に成功した「蛟竜」号の、次の目標は、深度7000mの世界記録の達成だ。マリアナ海溝で翌年、2012年に行われた。
2012年6月15日、7000m級潜航試験の第一次潜航が行われた。潜水員はメインパイロットの叶聪(葉聡)、崔维成(崔維成)第一副総設計師、杨波声学系統主任設計師(中国科学院声学研究所)。
07時すぎ、「蛟竜」号の潜水が開始された。
10時11分、深度6200mに到達。
「しんかい6500」の記録6527mを抜き、潜航深度6671mを記録した。
・・・その夜、母船「向陽紅09」船上では、大掛かりな修理が行われていた。
深度6200mに到達した後に発生したデータ通信の中断は、ケーブルのわずかな傷からの漏水(長期間使用による擦過跡)が原因と分かった。ケーブル100mを交換することで回復した。
推進器2つ(垂直スラスタ左側、4つのメインスラスタのうちの下側)の故障は深刻だった。推進器を降ろして分解修理をしなければならないが、母船「向陽紅09」は古い海洋調査船(船齢34年(当時))を改造した船でハンガーは無く、クレーンが使えない。
(via. 央视网)
人力で、バラして降ろして、修理を行った。
同日、甘粛省の酒泉宇宙センターから「神舟九号」が打ち上げられた。
6月18日、第二次潜航を予定していたが、油圧系統で油漏れが見つかりキャンセル。
6月19日、第二次潜航、最大深度6965.25mを記録。
6月22日、第三次潜航、最大深度6963mを記録。
なぜ、7000mを目前にしながら2度も、その直前までしか潜らなかったのか?
劉峰(刘峰)総指揮は、理由は3つあると話している。
「まず、潜航試験は4回と予備2回で予定通りに行っている。
第二に、深度6000m級での200項目以上の測定、試験、検証が行われている。特に可変バラスト系統に故障が見つかりテストをクリアしていない。
そして第三に、深度7000mを越える前に北京との協調が必要であり、何か調整があるかもしれない。いまのところ特にないので、第四時潜航で深度7000mに挑戦する予定だ。」
6月24日、第四次潜航、7000mを突破、最大深度7020mを記録した。
「蛟竜」号から母船「向陽紅09」への通信が、中央電子台の回線を通して、北京航天指揮コントロールセンターから軌道上の「神舟九号」に繋げられ、世界ではじめて、衛星軌道上の宇宙船と深度7020mの有人深海潜水艇との直接の会話に成功した。
成果を最大限にアピールできる条件とタイミングを見計らった、スケジュール調整だったのだろう。
6月27日、第五次潜航、最大深度7062.68mを記録。
6月29日、第六次潜航、最大深度7035mを記録。
中国の有人深海潜水艇「蛟竜(蛟龙)」号が記録した最大深度7062.68mが、現在の世界記録である。
蛟竜号パイロットの傅文韬は、次のように話している。
「深度7091mだったら良かった。2012年は中国共産党の成立91周年だから、 "7091" という数字は、お祝いにもってこいだったのになー。でも、海底が7062mまでだったんだよ。」(少し意訳)
2009年の「蛟竜」号の最初の潜水試験から7年がすぎた。
中国国産の4500m級有人深海潜水艇の研究開発が進められ、「向陽紅09」の次の新しい母船の建造計画も承認されている。「蛟竜」号は今後、部品の経年劣化によるトラブルもいろいろと起こるだろう。中船重工702研究所から国家深海基地に引き渡され、メンテナンス・運用体制の真価が問われることとなる。
本書『第四極』を読んでいると、とても面白く、しかし中国のプロジェクトらしい、いろいろなところで堅苦しい、それでも、海での風通しは良かったように感じる。
これからも、中国ならではの試練や苦労もあるのだろう。
昨年、2016年の正月に、中国中央電子台(CCTV)の科学教育チャンネルがドキュメンタリー番組『深潜』を放送しました。おすすめです。
中国の有人深海潜水艇「蛟竜号」南西インド洋潜航記 | 『深潜』第一集〜第三集 CCTV正月特別番組 - pelicanmemo
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中国では、古代の華夏の時代から明朝(1400年代)の鄭和の7度の大航海(郑和下西洋)まで、海洋との関わりが強い時代があった。しかし海禁令と鎖国政策(造船や海運の制限、漁業の制限など(時代によって程度が違う))によって、海との関わりは弱まっていく。1800年代、大航海時代がはじまり、清朝でのアヘン戦争とアロー戦争、さらに甲午戦争(日清戦争)を経て、半植民地のような屈辱の100年を経験した。
現代、鄭和の第一回航海から600年以上がたち、再び「海洋強国」の"夢"を見ている。