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海外の話が多め。近頃は中国が多め(中国海警局・中国海監、深海潜水艇、感染症など)。

『第四極』読了。 中国の7000m級有人深海潜水艇「蛟竜」号、研究開発・深海挑戦記。(1/2)

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『第四極 ー 中国「蛟竜」号深海挑戦記』(『第四极 — 中国“蛟龙号”挑战深海)』)、読了。

 

2012年6月27日、中国の7000m級有人深海潜水艇「蛟竜(蛟龙)」号が、マリアナ海溝で、潜水深度7,062mへの到達に成功した。日本の「しんかい6500」が1989年に達成した6,527mの記録を抜き、世界記録が更新された。 

本書『第四極』は、中国が自主設計・自主統合開発した有人深海潜水艇の、計画と研究・開発、最初の潜水試験から、南シナ海での水深3000m、北東太平洋での水深5000m、そしてマリアナ海溝での水深7000mを越えた世界記録まで、10年間の深海への挑戦の日々を記したノンフィクションである。

 

「第四極」とは、北極と南極を第一と二極、世界最高峰エベレストの山頂を第三極、そして地球上の四つ目の極限環境である深海底の最深部を第四極としている。

 

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著者は、ルポルタージュ作家(*1)の许晨(許晨)。中国作家協会会員、国家一級作家。
本書『第四極』は4年をかけ、「蛟竜」号潜航試験の海洋試験日誌(「海试快报」)をはじめとする多くの資料・報道と、関係者へのインタビューをもとにして書かれた。2014年には、国家海洋局(SOA)と中国大洋鉱産資源研究開発協会(中国大洋矿产资源研究开发协会、COMRA)の招きで「蛟竜」号試験航海へ同行し母船「向陽紅09」に乗船している。
(*1) 中国語では「报告文学作家(報告文学作家)」。日本ではノンフィクション作家と呼ぶほうが分かりやすいだろう。 

中国の水深7000m級有人深海潜水艇の研究開発計画の、失敗と成功と挑戦の過程を、関わった人々を通して情景描写豊かに表現している。 

 

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科学技術の研究・開発は、試行錯誤、トライ・アンド・エラーの繰り返しである。

深度5000m以上の有人深海潜水艇(*2)は、米国の「アルビン」やロシア(旧ソ連)の「ミール」、フランスの「ノチール」、日本の「しんかい6500」という先例があるとはいえ、中国の研究開発計画でも成功は約束されてはいない。成功と失敗を繰り返すことで経験を積み重ねている。

その中には、中国ならではの"試練"もあった。

(*2) 有人深海探査作業艇。「トリエステ」や「ディープシー・チャレンジャー」は、深海底での科学調査が主目的ではなく継続して長期運用される船ではないので数に入っていない。

 

耐圧殻やシンタクチック・フォームを入手する時の障害。引退していた"深海の父"徐芑南老師の再出山。 はじめてのせんすい ♪ 。 北東太平洋での5000m級潜航試験での"失踪"事件。そして7000m級潜航試験など、少し紹介してみたい。

 

本書は全15章、338頁。読みごたえがあります。
それでお値段はなんと42元(定価)、コスパ高い。 

 

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2001年、中国、7000m級有人深海潜水艇の研究開発計画が、国家高度技術研究発展計画(通称:863計画)の海洋技術分野に採用された。

有人深海潜水艇の研究開発計画は、当初、海底鉱床は水深4500m前後に分布しているのだから、4500mを目標とすれば技術的に安全だという意見と、すでに外国の潜水艇(日本の「しんかい6500」)が水深6500mの潜航能力を持っているのだから、中国はそれ以上の水深7000mを目指すべきという意見があった。
中国工程院の宋健院長(前任国務委員、国家科委主任、全国政協副主席)(当時)

 「それならば、中国は水深7000mを目標として、世界一を選ぶ。」

という最終決定によって、7000m級有人深海潜水艇の研究開発計画が、第十次五カ年計画(十五計画)の863計画重大項目に組み込まれた。

案外、海洋開発の重要性や戦略的意義を理解していない幹部の力が強かったら、蛟竜号は開発されていなかったのかもしれない。 

中国らしい意思決定の一面として、このような"鶴の一声"や、官僚的な事務対応がところどころで出てくる。笑い話もあれば、笑えない話もある。 

 

中国の深度7000m級有人深海潜水艇「蛟竜(蛟龙)」号は、最初から「蛟竜(蛟龙)」という名前だったわけではない。
最初の頃は「7000米潜水器」と呼ばれていて、いつまでもそれでは困るということで命名会議が開かれた。候補として、「海」の文字を入れた ‘探海’、‘愛海(爱海)’、‘開発海(开发海)’、「竜(龙)」の文字を入れた ‘海竜(海龙)’、‘潜竜(潜龙)’、などが提案され、会議では「潜竜一号(潜龙一号)」が選択された。ところが上に上げてみたら、当時の胡錦濤政権のスローガンである「和諧社会(和谐社会)」から「和諧(和谐)」号にしよう、と決定されてしまったそうだ。
しかも、その「和諧(和谐)」号の名前も、後に高速鉄道の名前とカブっていたことが分かったので「蛟竜(蛟龙)」号と改名する羽目になった。(このくだりは本書では、政治的にまずいと判断したのか徐芑南老師の勘違いだったのか、スルーしている😌)

 

笑えない話の筆頭は、ロシア企業が製造するチタン製耐圧殻の契約締結のところだろう。

中国とロシア側との設計製造の交渉が大詰めを迎え、ロシアから代表団7人が北京を訪問して最終段階に入っていた。しかし上に上げたら「手続きを終えていないので、契約締結の署名は認めない」と立ち往生してしまった。

ここまできて契約締結に進めない事にロシア側は苛立ち、ついには席を立って帰国するとまで言い出した。これでは国際的信頼も無くしてしまう。そこで・・・

 「お待たせして申し訳ない。まず夕食にしましょう。さあ、乾杯しましょう。中国の白酒(中国の蒸留酒)をどうぞ、どうぞ。さあ、乾杯しましょう。」

と宴席を設けて歓待した。3日後に「契約して良し」との福音を得たのだそうだ。(笑)

 

「蛟竜」号の重要部品には外国製品も使われている。中国国内での自主開発率は約6割。

高性能シンタクチック・フォーム(浮力材)でも問題があった。

米国のシンタクチック・フォームは、高性能の製品は中国への輸出が規制されている。そこで、その米国企業の英国工場で製造加工して規制を回避した。もちろん合法的に(米国の、最先端技術製品の流出でよく聞く話だ)。ところが第一便は無事に上海に着いたが、第二便がヒースロー空港で、税関による比重等の調査が始まってしまった。
もし万が一、手続きが遅れたらまずいことになる、ということで急遽、開発計画総グループ長の劉峰(刘峰)がロンドンに飛び、駐英の中国大使に直訴して手続きを急がせてもらうよう頼んでいる。
(英国税関から米国の会社や税関へ、詳細の問い合わせがあったらまずいと考えたのだろうか?)

 

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7000m級有人深海潜水艇の研究開発計画は、国家海洋局、中国大洋協会、中船重工集団、702所、701所、6971工、中国科学院声学所、沈陽自動化所などで、12のプロジェクトに分けて進められ統合開発された。これも1つの特徴だ。

 

本書では、蛟竜号の研究開発から試験航海に関係する人々についてのエピソード、出身や学歴・職歴その他について詳しく描いている。

例えば、7000m級有人深海潜水艇の研究開発計画の中心人物の1人、劉峰(刘峰)は1962年山東省の生まれ。北京の大学に入り、(大学での生活など)・・・、卒業後に中国大洋鉱産資源研究開発協会(中国大洋矿产资源研究开发协会、COMRA)に就職し、(会社での仕事など)・・・、という具合に1ページ以上を使っている。

取り上げ方は人によって違うが、日本のノンフィクション作品では目にすることのないくらい詳しく描く。

 

中国の「深海の父」と呼ばれる、徐芑南(徐キ南(キ=くさかんむりに己)とも)は、1936年3月、浙江省寧波市鎮海区の生まれ。若い頃の経験から、これからの中国では船舶の建造が重要と考え上海交通大学へ入学。卒業後、中国船舶科学研究中心(702所の前身)に配属される。1990年代には、863計画での6000m級"無人"潜水装置の研究開発に携わってきた。
2001年、7000m級有人深海潜水艇の研究開発計画が863計画重大項目に組み込まれた時には65才。すでに退職して、米国に住む長男のもとで悠々自適の海外引退生活を送っていた。

そこに、2002年初頭、中国から一本の電話がかかってきた。

 「7000m有人深海潜水艇の研究開発計画が始まりました。総設計師として参加していただけないでしょうか。」

特例である。この時、徐芑南老師は66才。規定の採用年齢を越えている。心臓病や高血圧などの持病があり、家族は健康に不安に感じて止めるが、方之芬夫人の理解のもと説得をして2日後には飛行機に乗って帰国した。

 

刘峰総グループ長(現場総指揮)、徐芑南総設計師、崔维成第一副総設計師、王晓辉控制系统副総設計師(沈阳自動化研究所水下机器人室主任、研究員)、朱敏声楽系統副総設計師(声学所副研究員)、吴崇建水面指示系統副総設計師(701所副所長、研究員)、刘涛構造設計副総設計師(702所副研究員)、胡震動力設備副総設計師(702所水下工程師、副研究員)。

メインパイロットの叶聪(主任設計師)や、潜航員の傅文韬と唐嘉陵など。この後に参加した多くの人々が登場する。

これらの関わった人々を通して、知ることができるのは本書の魅力のひとつだろう。 

 

(続く、後半は1月3日18時公開予定)

『第四極』読了。 中国の7000m級有人深海潜水艇「蛟竜」号、研究開発・深海挑戦記。(2/2) - pelicanmemo

 

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昨年、2016年の正月、中国中央電子台(CCTV)の科学教育チャンネルが、ドキュメンタリー番組『深潜』を放送しました。おすすめです。 

中国の有人深海潜水艇「蛟竜号」南西インド洋潜航記 | 『深潜』第一集〜第三集 CCTV正月特別番組 - pelicanmemo

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